あなたの海へ

温かな水がぼくの鼻腔を優しくなぜる
急深の渚
ぼくの足はすぐにつかなくなるが
怖いことは何もない
ここはあなたの中の海だから

ぼくが生まれた汽水の運河は
とても冷たくて
包まれた記憶はなくて
懸命にさかなになろうとした
温かさがあると信じて
幼いさかなでありたかったのに
ぼくは泳げるようになれなかった

あなたの海へ
ぼくは足を踏み入れた
どこまでも進んでいけるから
温かく香る
ここはあなたそのものだから
さかなになれる
とても心地よく身体をくねらせて
包まれている
何も怖くない
たとえ息ができなくても
あなたの水が命をくれる
あなたの匂いを呼吸して
ぼくはさかなになれる

とても静かな
波のリズムだ
鼓動よりすこしだけ遅い
生まれつきのさかなじゃないから
ぼくは少しずつ
とてもゆっくりと

あなたの深みへ
熱のくる方へ
もっと深いところまで
いちばんの中心まで
ぎこちなく潜っていく
あたらしい命の生まれるところまで
光がいらなくなるまで

あなたは強く優しい海
ぼくを生まれ変わらせた
深い慈しみの
やってきた場所だ

この身体が波にほどかれて
もっとちいさなさかなになれるまで
吸い込まれていきたい

もっと深いところへ
優しさの生まれる場所まで

投稿者

東京都

コメント

  1. なんて優しくて
    暖かい海でしょう
    稚魚の時に冷たい海を経験したからこそ、今の慈しみ深い奥へ少しずつ小さくなりながら成体になっていく
    素敵です

  2. 生命そのものの神秘や優しさに包まれる素敵な詩ですね。

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