ハナニガナ

治郎さんが死んだ
おとついも昨日も見ねえんだと
ハンバの海女さんたちが言う
鍵のかかってない治郎さんの家に入ると
布団の中でこと切れてた

警察に電話すると119に電話しれさと
こと切れた治郎さんの横に座って
救急車を待った
部屋は暗くなにもなく静かだった

人生にな
分かれ道なんかねえ
いつもひとつっきりなんだぞ
波のように
行ったり来たりすっけどな
ずーっとひとつっきりだ

治郎さんはここのところ
僕を自分の息子か
別の日はヘルパーさんだと思ってた
僕はそのたび
治郎さんの息子かヘルパーさんになった

一通りの時間がすぎた
それで足りているのかはわからない
治郎さんには身寄りがない
年老いた母も
何十年もつれそった奥さんも
野球がうまかった息子さんも
みんな波がさらった
親戚もいたのだろうけれど
ちりぢりか

役場は急傾斜の山寺に葬るという
そこに墓があるという
僕は海へまけばいいのにと
言いそうになるがやめた
墓からは海が臨める
海のおばあは明るい
ハナニガナが咲く
そんな天気だった

人生に分かれ道はないと
治郎さんは言う
僕も分かれ道など
なかったと思っている

投稿者

岩手県

コメント

  1. 「どんこなます」とあわせて読むと、もうたまらないです。

  2. 分かれ道はない、つまり“もしも”を考えても意味はないということですね。身に沁みます。

  3. 治郎さん、どっかで読んだか?と思いつつ、久々の王殺しさんの帰還を喜ぶように読ませて頂きました。今回は震災後のシリーズだなと思っていたら、トノモトショウさんのコメントでハッとしました。治郎さん、『どんこなます』にいたんだな。この響き合う詩の力よ。たまりません。

  4. 土地言葉での表現から、詩の中の現実感がひしひしと伝わってきます。
    人生にな/分かれ道なんかねえ
    このフレーズは、人間の本質の部分を突いていますね。読んでいてどきりとしました。

  5. 海のおばあが明るいのは
    人生に分かれ道はなく
    歳と共に繋がっていく
    海に溶けていくからでしょうか

  6. 今週末海に行きます。
    そちらとは離れていますが、海岸線の一部になって、治郎さんが家族や仲間と再会出来たのか耳をすませたいと思います。

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