蝶の蜃気楼

今日も、
毒に溺れる夢を見た。
小さな小さな橙色の蝶が
私の掌を、
大きな針を見せつけながら、
刺して血を吸っていった。

むかし、
子供の頃に登下校していた道を
歩くと幼馴染の家にその橙色の蝶が
びっしりと引き詰められていた。
何かを隠すように蝶が蠢く。

「あの蝶には気をつけた方がいいよ。」
老婆の言葉の言う通りに逃げた。
なのに。
ぴたり、てふ、てふ。
一匹だけ、コートに引っ付いていた。

そして、
痛覚で目を覚ます。
いたい、いたい。
手のひらには小さく穴が空く。
謎の空白に文字を詰めようか。
万年筆のインクの滲みのような痛み。

かつて、
蝶のように空が飛びたかった。
綺麗だと言われたかった。
でも、痛みは止まない。
美しい毒針を持つ君が私を呼んだのか。
もう、助けられないよ。

むかし、
幼馴染で「仲が良い」
そう言われていた二人の娘の話。
性格も、何もかも正反対だった。

そして、自分は、私は、
あの子が嫌いだった。
あんな蝶は握り潰しておけばよかった。
今更、願ったところで
全て何も戻りやしない。

さようなら、てふ、り。
怯えながら逃げていった蝶を
追いかけることはもう無い。

投稿者

広島県

コメント

  1. 旧仮名遣いにおける「てふ」は、声に出すなら「ちょう」なんだけど、「てふ」と言葉にする方が蝶っぽさがある不思議な響き。

  2. トモノショウ様
    コメントありがとうございます。
    蝶が飛ぶ時の音はなんとなく、「てふ、てふ、てふ」と言われる方が蝶の羽ばたきを表現しているようで、「てふ」という呼び方を思いついた人は見事だなと思います。

  3. 「けふのてふ」の物語として、夢や過去の記憶と蝶に背負わせたものを思いながら読みました。

  4. あぶくも様
    コメントありがとうございます!
    「けふのてふ」という響きが素敵で感動しました。むしろ、それをタイトルにしたいくらいですね。

  5. 毒に溺れる夢
    掌に刺す、針を見せつけながら
    何故か、嫌な感じはしないんです

    雰囲気がより、素敵です

  6. 那津na2様
    コメントありがとうございます。
    美しい薔薇には棘があるように、綺麗だと思うものには痛みが付くものなのかもしれませんね。ちなみに、この作品は実際に私が見た夢を元にしていて、夢にも関わらず、起きてからもしばらく痛かったです。

  7. ちょっと、怖い詩ですね。…蝶の針ですか。何気なく過ごしている社会、そして自らの幼少の記憶、と被せて読んでみました。

  8. 長谷川 忍様
    コメントありがとうございます。
    あの夢の中でのなんとも言えない毒々しい美しさはゾクゾクしましたね。そして、何よりも痛かったです。下手くそな看護師に注射されるくらいの痛みがありました。夢で幼馴染が出てくることはほとんど無いのですが、珍しいので作品のテーマにしてみました。彼女は周りには美しさを見せて、私には本音の針を見せるような子だったなと懐かしく思います。

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