パリスよ

一億光年、もう忘れてしまいました。
在ることも、無いことも、
決して眠っていたのではないのです、星を見ていました
様々の光を広がりを、
それにしても届かない、追いつかない、
寒くもなく、熱くもなく、届かない、
わたしは何かを言いましたか、
それとも何も言わないのですか、
前進しているのか、後退しているのか、
どちらとも言えない、
笑っている、それとも泣いている、
ただはっきりと覚えているのは、詩の一行です、
『パリスの部屋から陽が昇る』、
はっきりとそう書いてあったのです、
そこでわたしは、パリスの部屋を訪ねて行きました、
そこへたどり着くのに一千年、
パリスは黒い御影石の下に眠っていました。

そこでわたしはパリスの服をはぎとり、
その目玉をむしりとり、
その唇に接吻しました、
よみがえれ『詩」よ、
この肉体の腐れほころび蛆がわき匂うのだ、
それでも指先はわずかにふるえ、
唇は愛の言葉を告げようとする。

一億光年、
パリスの喉の奥からやせたニワトリが出て来て、
詩人は光速で移動することができると言う、
海水の匂い、大陸の匂い、ミネルバのわきが、
チーズのあの匂いが、
詩人は沼地に立つあの灰色の月桂樹を切るために、
ニワトリの首を切った、
乱雑な部屋の奥で立ち上がる、
等身大の神の姿、肺の奥から絶望したキリギリスが鳴く、
光速で近づいて来る神意、
光速で離れて行く啓示、
パリスの失われた眼窩の奥で、
ヒキガエルが見つめている、
おまえはもっとすばやく永遠の果てへ行けるのだ、
そうして暗黒の言葉のイデアを知るのだ、
それはこの造られた世界の、真実の詩の感受そのものだ、
誰もが求めて誰もが見ることのできない、
青いカリンテスのパルス。

全体は存在の証明とはならない、
光速が存在の証明とはならない、
詩人の額からにじみ出しているのは、
そして顔いっぱいに広がる印、
大理石の裂け目が広がり大地にひび割れをつくる、
この現象の冷たいバックライト、
詩人が誕生し、詩人の感覚がむしばまれ、
詩人の歩く道の浮遊する時、
はっきりとあずき色の月の影をひき、
何ものかのもだえ苦しむ声を聞く、
光速で移動するとき、時間は停止する。

一億光年、
やはりパリスの手に握られたペンは動く、
ノートは光学の繊維、
ノートの上にペンが触れ、
ノートの上にパリスの言葉が記されて行く、
オルトマイヤーの青い唇、ザガリヤスの冷たい頬、
その長く伸びた黒髪を、
灰色の沼地の月桂樹の幹にくくりつけ、
わたしは心臓を抉り出す、
そうして一杯の熱いコーヒーの香り。

一億光年、
もう忘れてしまいました、
在ることも、無いことも、
決して考えていたのではありません、
星を見ていました、
さまざまの銀河を、
くだける恒星を、
届かない光の感情となって、
もう届かない詩の一行、
それこそが詩の存在証明。

投稿者

岡山県

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