決闘

決闘

無言で睨み合うおれとおまえ
頭脳と体力が試されるこの決闘を前に
武者震いがする

おまえは初戦で何のひねりもせず『一』を差し出す。おれは『乙』で焦らそうかと考えたが、いきなりトリッキーな『。』を出して軽くマウントを取る。しかしこれは審判から漢字ではないとの指導が入り、おれに減点が入って出だしでつまづく。

次におまえは敢えてなのか何なのかまたしても『ニ』を差し出すので「まさかおまえ消耗させる作戦なのか?」と勘繰りながらもおれはおれで『七』を出し『八』で応じるおまえに『九』を出し、さらにおまえは『十』でそれに応じる。これでは埒が開かないと、おれは少し発想を転換し『力』で攻めたが『刀』で切り返して来たおまえはなかなかに切れ味も鋭い。自分の番なのに次の一手を下せずに怯んでいるおれを見て勝機を悟ったのか、おまえはニヤリといやらしい口の右端だけを引き上げる笑みを浮かべておれを待つ。おれは『了』を出すことで暗におまえにこの回の早期決着を仄めかす。するとおまえはおれの意図を理解したように頷いた後、さほど時間をおかずに何食わぬ顔で『〆』を出してきた。
このおれの防戦一方の闘いぶりに業を煮やしたのか、ふいにギャラリーから「よく見ろ、繋がってるじゃないか、それは一画じゃねえか、反則だ」とヤジが飛ぶ。おれは目を閉じて首を横に振ってそれを制し、黙って二画のそれを受け入れ、『了』の力不足を潔く認める。

おまえは矢継ぎ早にまた『三』を差し出すので、おれももうその手には乗らじと『土』くらいで様子を見る。するとおまえは『士』を出して審判に微妙な判定を迫る。辛うじて『士』が認められると次はおれの番。『下』に『上』を重ねて差し出し二枚縛りの勝負に出る。おまえは「やるな」と言ったか言わないかのうちに『千』に『万』を重ねて来た。
まだ三画だと言うのにおまえの洒落た鶴亀二連砲をくらった瞬間、おれは知らず知らずのうちに片膝をついていた。そして「むむむ」と平仮名で唸るほかなかった。

「次はおまえから出せよ」とおまえは権利を行使するかの如く黙っておれを顎で促す。半ば仕方なく決闘の場を四画に引き上げるべく、おれは陽動作戦とばかりに『五』を差し出す。おまえはおれの心中を察したのか迷うことなく『止』に次いで『四』を重ねてきた。おまえは陽動作戦にも陽動作戦で返してくるというのか。この場合、字としては『四』は『五』より明らかに弱いと見えるが、そもそも画数では『四』が勝るということを惑うことなくおまえは瞬時に見抜いたのだ。それはすなわち、おまえが五画の闘いへとステージを引き上げたことを意味した。

速い展開におれは何とか頭を切り替え『右』に『左』を重ねて出し、再び二枚縛りの闘いに持ち込んだが、おまえは凛とした顔で『凹』『凸』を差し出し、あたかも自身が完全体であるかのように、おれやギャラリー、審判までをも二度見させた。おれはもうなす術をなくし『白』『目』を剥くしかなかった。

強い漢字を探しているはずなのに俺の頭には画数はともあれ、もう『鬱』しか浮かばない。もはやここまでか、これを差し出して降参を覚悟したその時、ふと頭をよぎった。これで最後の勝負をかけるか。

卒倒寸前、三十六画の『䨺』を震える手で差し出したおれにおまえは間髪入れずに四十八画の『龘』を重ねて出したのだ。やはりおれはどう足掻いてもおまえには敵わないという絶望しかないのか。

そうこの勝負も確かにおまえのものだったが、これはもはや単なる画数の戦いではないことにおれは気づく。おまえはおれの攻撃を受け止めた上でその字と組み合わせてより強大な字を作り出すという技を会得していた。「木」に「林」を出して「森」だというレベルを遥かに凌ぐ、その字を「たいと」と言った。

もう戦意喪失甚だしいおれにおまえはこの決闘の意義を別のところに見出しているかのように、おれにもギャラリーにも審判にもなんならおまえ自身にも向けたようなこの漢字を手書きして差し出した。

何の説明もなくルビだけをふっておまえは決闘の場から立ち去る。

「ぼんのう」

残されたおれは、おれたち全員は、自分の心の中に響くその鐘の音をずっと聴いていた。

投稿者

千葉県

コメント

  1. 画像はネットからの拾い物ですので、あしからず。

  2. 漢字を巡る壮大な闘いというものを初めて見せられた気分です。

  3. @たかぼ
    さん、ありがとうございます。
    「何の話これ!?」っていうやつです(^^)

  4. これは売れる。ゼッケンです。トランプの大富豪の漢字版のようなものを想像。漢字の構造と意味の二重の読み合いがスリリング。架空ゲーム対戦ものの真骨頂です。

  5. @ゼッケン
    さん、ありがとうございます。
    過去作掘り出してもらえて嬉しいです。この荒唐無稽な漫画みたいな構想を思いついてからというもの、書いてる時が最も尋常じゃないテンションでしたが。これカードゲーム的な既製の印刷物にせず、あえての毛筆(もしくは筆ペン)のライブ手書きで勝負すると醍醐味がありそうです。

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