たぶん古代人は、想像力が豊かだった。

鳥雲にのらない
力のない日の予感

リズムもライムも
空き缶の表面に張り付き

気圧の狭間のきしみは
古るさびた
デザインの
キューピーまで
ぼくを熟視している

怖い目をした自意識が
見返している物体の先

羽根を痛めた渡り鳥一羽
熱い体温のまま待つている

*

色褪せた
アリスのレンジ
アクセサリー
ソフトでもなく
鉱石には遠く

悲しい顔の
阿修羅像
想像力がゆたかなら
腕は六本ではなく

舞がはじまる
 
 

投稿者

東京都

コメント

  1. イーロンマスクが近いうちに日本が亡くなることを寂しがっていましたけど
    急成長し続けているAIが全ての知的な仕事を持っていってしまうだろうから
    (ネット内に実装されている無料のAIを少しいじっているだけでも感じる)、
    私たちが生きているそれほど遠くない頃に全ての国が亡くなると感じます。
    すでに資本主義は1%の金持ちに支配されていると言われて久しいけど、
    すでにネット無しでは考えられない日常生活の日本も99%が想像力の無い
    世界を生き楽しんでく…デジ化に抵抗できる最後の文化を持っていた日本も
    例外ではなかったとイーロンマスクはAIに対して敗北宣言をしたのかもと。
     
    まあ、彼からのメッセージが共通認識にならない未来を祈願するかぎりです。

  2. @足立らどみ
    ニュース情報として読まないでくださいませ半分創作です。
    オリジンへのリスペクトによる2次創作みたいなものです。

  3. AIがなにものになるのかは、人間次第とはいかないでしょう、「物質から精神」がなんら不思議ではないと、考えるのであれば、彼はすでにして「不可測」です。闇の中に何があらわれるのかは、われわれには不可視です。ただ感覚するだけです。

  4. @坂本達雄
    坂本達雄さん、コメントありがとうございます。

    翻って立ち位置を人とキリスト的な神だとすると「我々がどこから来たのか」
    のテーマは深まるのかもしれません。試しに置き換えてみます。

    「人がなにものになるのかは、神次第とはいかないでしょう、「物質から精神」がなんら不思議ではないと、考えるのであれば、彼はすでにして「不可測」です。闇の中に何があらわれるのかは、神には不可視です。ただ感覚するだけです。」
    と。

    なんか、弱々しい神だ。
    どうかな?

  5. 情報の海におぼれている現代人でしょうか

    舞がはじまる

  6. @こしごえ

    こしごえさんコメントありがとうございます

    情報の海におぼれるというか、、、
    現代人は物質的に豊かな日々を過ごしているからかな?

    古代人は時間軸で保存できるビデオのような動画が無くても
    想像力で脳内の中で阿修羅像の舞を見ることができたのかもと、
    修学旅行で興福寺に行ったときに阿修羅像が舞っていたのをみて
    たぶんそうなんだろうとタイトルのようなことを思ったのですよね

    情報が少ないからとふくれることもなく、
    子どもたちは自ら遊びを見つけますよね。
    貧乏でバカな私も創意工夫して豊かな気持ちでいきていきたいなと、
    目の前で阿修羅像が優雅に舞っている姿を
    なぜか真空の音のない世界で、
    ぼんやりと眺めていました。

    大人になってからは、
    情報の海におぼれるというか、、、真逆で、
    情報に対してはアグレッシブな日々ですが

    うーん、確かに情報量としては、、、
    奈良時代に生きた人の一生分のマーケティング情報を
    今の令和の人は1日で毎日見ているとのことなので、
    はたからみたら、おぼれているのかもしれませんね。

    会社員だし、しょうがないですよね

    食べていかなくっちゃ

    みんな、がんばれ!

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