1829

1829

歓楽街の観光ホテルでバイト仲間だったユウ
帰りに飲みに行ったり
そのまま朝までカラオケしたり
ラーメン横丁でチャーシュー麺を食べ
手を繋いで映画に行ったり
眠らない街のはしっこで
大学生の先輩たちにくだらない遊び方を教えてもらいながら
気楽に過ごせる仲だった

ある3月
卒業と共に地元に帰ることになったユウ
送別会の居酒屋で
大所帯の喧騒を遮るように耳打ちをする
「私のロッカーにメッセージを入れておいたから、開けてみてね」
カシスオレンジの匂いを残して

少し早く出勤して社員さんに鍵を借りようとしたが
鍵は返されていなかった
ユウのいつものいたずらかな
ビールサーバーの裏 半螺旋階段のアプローチ
レジの引き出し パントリーのタオルの裏
調理場の高森さんの後ろ側
出窓の角
ここからふたり 見下ろしたすすきの
ネオンが灯る時間には
ユウの顔が色とりどりに明滅して
瞳の星がきらめく
「彼氏とうまくいってるの?」
んー、どうかな。遠距離だからな
「好きだったらこっちで仕事すればいいのにね」
ユウはショートヘアをかすかに揺らしながら横顔を見せた

出勤時間になって慌てて着替えたロッカールーム
ユウが着替えていたエリアをのぞくと
ボールチェーンが揺れているのが見えた
なんだ 鍵 刺さったままじゃないか
鍵をひとまずポケットにしまう

仕事終わりに勢いよくロッカーを開けると
海賊王を目指す漫画が巻もまばらに積まれていた
背を持って振っても ページをめくってもメッセージは無く
他にも何も無く 小さな繊維が浮遊するだけだった
「まあ、あれは冗談で、漫画荷物になるから置いていくね。みんなで読んでね」
PHSのメッセージには軽い感じの返信があった
ユウの残した漫画はロッカールームの置き漫画になり
歯抜けの巻を買い足して残していく人もいたけれど
私がそれを読むことは無かった

生存確認程度のやりとりが半年ほど続き
それも徐々に薄れていく
気楽でいいよね わたしたちは
こっちに来たらお茶でもしよう

ユウとはSNSで再会した
女性のパートナーと暮らしているらしい
どこかのバーで誕生日を祝うユウとその人
ふたりの顔を照らす色は重なり 混ざり スタイリッシュな虹のよう
アカウントの末尾にはユウのロッカーの四桁
なんだ 幸せそうでよかったじゃないか
そういえばユウ 私さ
海賊王の物語は まだ読んでいないんだよね
                                
       
     

投稿者

東京都

コメント

  1. 引き続き、ゴールデンウィークに、題名を同じくした詩を皆で書きませんかというお誘いです!
    -:-:-:-:-:-:-:-:-
    お題『1829』
    ※二重鉤括弧は含まれず
    期間は4/28(金)〜5/7(日)くらい
    -:-:-:-:-:-:-:-:-

  2. しっとりとした青春譚いいな。
    それから何この写真色が綺麗。

  3. 凡庸な感想になってしまうけど、こういうの良い!なんかグッとくる。作者の記憶を少し覗かせてもらって、微かなその寂寥感が心地よく胸に届いてきます。なんだかんだで海賊王の物語は面白いので読みなよ。

  4. 1829と、どこで絡むのかな、と思いつつ読み進めました。最後にさらりと絡みましたね。上手いなあ。SNSで再会するというのが現代風です。…青春譚。

  5. この詩を拝読したことで、あらためて、人と人とのつながりを思います。
    インターネットが普及してから、ネット上のみのつながりも増えたことでしょう。(昔は、雑誌などで知り合った人との文通があったことでしょう)私にもそういうネットで知り合い、ネット上のみでつながっている存在が居ます。でも、その存在は確かにこの世界に(宇宙に)存在していて、大切な存在です。

    この詩が、実際の話なのかは、今の私には分かりませんが、ユウさんとのリアルからネットを経た再会を祝います。この詩の余韻がじーんと来ました。すてきです。

  6. 短編小説のようなお洒落な情景と展開、
    変わらずに新鮮でした。

  7. 実体験のような情景のリアルさとストーリー性、最後に婉曲にタイトルに迫る描写が上手いなぁと思いました。

  8. ショートフィルムを見ているようで
    気持ちが上がりました
    青春譚、どなたかがおっしゃいましたが本当に素敵な青春
    暗証番号とは
    いいね

  9. @たかぼ
    さん。褒められて有頂天でございます!
    写真のネタバレはご覧になったとは思いますが
    https://twitter.com/tachimako_mika/status/1653007550114332672?s=46&t=wpTFkkPbEQTnJvDBUP-6Ng

  10. @トノモトショウ
    さん。グッとくるって、とても刺さる褒め言葉です。ありがとうございます!
    作者の記憶を繋ぎ合わせて登場人物を増やして新しい記憶に、そし皆さんの記憶になりました。海賊王のは長いのでいつ読み始めるかが悩みどころです。

  11. @長谷川 忍
    さん。えへへ。ありがとうございます。私にも青春の記憶があって良かったです。ユウのアカウントがあるとしたら
    @yuu_kino1829 ですかねえ。

  12. @こしごえ
    さん。こしごえさんがこんなにも心を動かしてくださって押し寄せる感動、そして感謝です。私がバイトをしていたシチュエーションは詩のエッセンスになりました。
    ユウは出会った数人の女の子や男の子のいいとこどりをした子です。自分好みの憂いを秘めながらカラッとした子。

    ネットで知り合って会わないまでも大切な存在は確かに実在しています。“何か”を信じてこれからも繋がっていたいです。

  13. @yo-yo
    さん。ご無沙汰しております。コメント頂けて嬉しいです!
    お洒落って言っていただけるの、気分が上がります。いつまでもフレッシュな気持ち、更新していきたいです。

  14. @渡 ひろこ
    さん。嬉しいです!ありがとうございます!誰の言葉だったか、嘘には真実を混ぜると良い(良いのか?)のだそうで。

  15. @那津na2
    さん。ショートフィルム(^ ^)
    MVとか朗読の後ろでスクリーンに流すとか、いいですよね。
    青春は良いものです。今は息子の青春でお酒(お茶)飲む感じです。

  16. コメント失礼いたします。

    傷痕、のようなものを感じました。痒かったり、たまにちょっぴりひきつったり。どちらにもそれぞれの痛みがあるのだろうな、と思いました。

  17. まず、写真すご。見たくても見えないものまで映してることに驚愕。
    そして、詩、すご。(語彙力!)
    物語そのもの(青春きゅんきゅんです)と企画との絡め方の完成度がハンパなくて、何度か戻ってきて読みましたが毎回読後の余韻に良い気持ちになりました。

  18. @ぺけねこ
    さん。傷痕という表現、嬉しいです。傷付いて再生してを繰り返して皮膚は強く唯一無二になるんですよね、きっと。

  19. @あぶくも
    さん。力強いコメントをありがとうございます!こんなに素敵な褒め言葉を書いてくださってこちらこそ良い心地になりましたー!!!(書いてよかったです、ほんと)

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