埋設

いまはもう中心部からは消えてしまったが
都市の周縁部にはまだ電柱が立っている
電線が宙を何区画にも複雑に分割している
ひとつひとつの空色のピースは同じ形をしていない
再開発を諦められた地区の空は幾何学模様で埋められている
電柱の立つ地域の例に漏れず、おれたちは電柱を奪い合っている
2班と3班の間では前回の町内会で調停が成立せず、
1本の電柱がどちらの班のものかで抗争が続いている
2班の住人が散歩させていた犬が2班と3班の境界の電柱に放尿した
3班が抗議すると電柱はもともと2班のものだと言い出した
抗議されるいわれはなく、名誉棄損であり、3班が2班に謝罪すべきである
地域に唯一のコンビニエンスストアのオーナーが住む2班は強硬だった
電柱には照明灯がつけられており、2班はその方向を2班側のみを照らすように変えた
3班の班長は幼馴染で1班のおれに新たな街灯の設置を市へ要請してくれるように依頼してきた
当然、1本の電柱に2つの街灯など認められるわけがない
市が電柱に新たな照明の設置を拒否したので、おれは2班の方に向けられた照明の前面をラッカースプレーで黒く塗りつぶした
どこも照らさない街灯は影を作らない
立派な器物損壊罪だが、最初に公共の照明に手をつけたのは2班である
しかし、2班との揉め事に巻き込まれることを危惧した1班の班長は
おれの家に回覧板を回さないことを2班に誓約した
1班班長の妻がコンビニのパートをしているからだ
おれは町内会長に1班がおれの家に回覧板を回さないのは違法であると主張し、
加えて、オーナーがパートと不倫関係にあることを仄めかした
オーナーと懇意の会長は激怒し、
おれを風紀紊乱の咎で町内会から除名した
実質、町内会の管理下にあるゴミ出し場におれの家はゴミを出せなくなり、
妻はおれになんとかしてちょうだいと注文をつけた
おれは1班、2班の班長と町内会長に詫びを入れ、
オーナーが後援する市議の選挙活動にボランティアとして参加することになった
おれが仕事を休んで選挙カーの運転手を務めている間に
家から逃げ出した2班の犬が町内中の電柱に尿をかけて回り、
コンビニ店内に闖入したところをバイトの高校生に追い回され、
店外に追い出されたところで駐車場に入ってきたトラックに轢かれて死んだ
これまで静観していた4班、5班、6班が2班を一斉に非難し、
2班は3班に犬の放尿が飼い主の責任であることを認めた
おれの娘と息子はいまはどちらも電柱のない中央の大学生となっていた
それぞれ一人暮らしをしている
この2歳差の姉弟は犬が逃げた日、地元に戻ってきていたことを妻から聞いた
家には立ち寄っていないが、コンビニで見た人間がいたらしい
おれは2班の家から犬を放ったのはふたりに違いないと思った

この地域から電柱がなくなることはもはやないだろう
緩慢な衰退が土地に歴史を遺していく
無計画につながれた電線の交差は夏の空に貼りつけられたまま、
歴史の自己組織化の過程を伝えるだけとなるだろう
増えた空き家につながった電線に電流は流れていない

献身的な働きぶりが市議に認められて個人的な支援を受けたおれが
電柱に2つ目の街灯を設置するのを市に認めさせるのはこのすぐ後のことである

投稿者

北海道

コメント

  1. 詩とか小説とかの垣根を越えるこれが詩の力ですね。近未来SFのアイデアとして秀逸で、何かのSF短編賞を差し上げたいです。

  2. なんとなく種明かしはしないとふんで感想を書くと東京都の中心部周辺
    という場所ではなく、成長期の地方都市の周辺近くで起きた小さな事件
    を取材して短編小説にしていたら良いのになぁと感じました。
    例えば、場所を特定してみると
    「北広島市中心部の再開発のいろいろな情報の片隅」
    で起きた機密情報を含む小さな出来事。をアレンジして書いたとすると、
    こんな小さなサイトに載せるどころじゃないでしょとコメント書きます。
     
    練習作品だったら気に入ったところは、
    「おれの妻の「なんとかしてちょうだい」」だけが会話文なのが
    印象的なのと後半の子どもたちの行動の文章がなんかおまけっぽくて、
    次に続く続きものの伏線だったら、次のも読みたいです。

  3. @たかぼ

    たかぼ賞短編部門候補のゼッケンです。賞ください。たかぼさん、こんにちは。

    >詩とか小説とかの垣根を越えるこれが詩の力ですね。

    これはね、自分で言うのもなんですけど、ショートショートのできそこないを詩だと言い張って投稿する私の神経のずぶとさだけが垣根を越えてるように見せかけてるんだろうなって思います。うっかり越境するインターネット万歳、です。

  4. @足立らどみ
    >なんとなく種明かしはしないとふんで
    お口にチャック。ゼッケンです。らどみさん、こんにちは。

    >「北広島市中心部の再開発のいろいろな情報の片隅」
    わぁ、ありそう。「リアルに怖いもの」見たさをそそります。
    >こんな小さなサイトに載せるどころじゃないでしょ
    月刊北海道経済が取材に来ますね。
    >成長期の地方都市の周辺近くで起きた小さな事件を取材して短編小説にしていたら良いのになぁ
    だが、断る。

    >練習作品だったら
    文章へたでごめんなさい。
    >次のも読みたいです。
    読みたいと言ってもらえることがこんなに嬉しいと感じられる。
    読んでもらえるように精進します。

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