キツネ

みちのくの深い林の中のできごとを
女が話すので
爪を切りながらなんとなく聞いている
キツネが狩人に恋をして
青い実を食べさせるのだ
しかしまあ、たぶんにこの恋は失敗に終わる
キツネと交わるのであれば
これは獣姦の話と言うことになる
ただこれをキツネの側から見れば
人姦と言うことになる
もちろん狩人はその時、相手を人間と思っている
深い林の中だ
秋も深まっている
そう言えば昔、百間川の近くの神社の入口で
美しいキツネを見たな
確かに美しいキツネだった
素晴らしい速さで鳥居の下を走り去った
女が、「聞いているの」と言うので
「ああ」と答える
キツネは身籠って女の子を産む
その子もまた美しい少女になった
みちのくに冬が来て
林の中の樹々は葉を落とし
少女はたきぎにする細い枝を集めている
その少女の前に狩人は
さっきしとめたウサギをさしだす
少女は蒼ざめてそして髪の毛がふわっと
逆立つ
女は熱いお茶を入れてくれる
悲しい話なら最後までは聞きたくはないな
どうして悲しい話だと思うの
美しい話のままでいいではないか
けれど
恋は命がけよ
死が待っていても逃げることはできないのよ
キツネは娘に本当のことを言う
娘は雪の降り始めた林の中へかけ入る
狩人は娘を探して雪がますます激しく降る
林の奥へと
そこまで話して女はふと口を閉ざした
あなたはどうしてわたしを妻にしたの
おまえはどうして俺に抱かれたのだ
わたしがキツネでも抱いたの?
ふと、あの時のキツネが青い実を持って
わたしの前に現れたらと想像してみた
キツネ眼の女。

投稿者

岡山県

コメント

  1. 先が楽しみで一行一行先を隠しながら読みました。

  2. まあ純粋に、物語ることも、おもしろいものです。まだいくつか、ありますので、あげていきます。

  3. あやし あやしやその切れ目
    翻り 宙返り
    こころざわめく
    めくるめく化生の語

    コメント失礼しました(どうせ一年なので、コメントの仕方も模索してもよいのかも)

  4. 岡山に来て、初めて野生のキツネを、一瞬だけ見ました、その美しさが、つくらせた物語です。

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