Female Spider

 アタシって
 中古マンションの三階の角部屋
 南向きの寝室へ紛れこんだことがあるのよ

 カーテンレールを散歩してたら
 ビニール袋で捕まえられちゃって焦ったわ
 この人
 「朝蜘蛛だわ。」
 喜んでくれて共用廊下へ放してくれたの
 それで 今日も三階の廊下の壁で糸垂らしてるってわけ

 あ、彼女、三軒隣の水谷さん家から帰ってきた

 手にしてる小鍋の中身はおでんだったの
 彼女ね 牛すじ苦手だから
 手羽元で出汁を取ってあっさり風味のおでんを炊いたわ

 全種類の具を小鍋に入れて夕飯どきに
 「美味しいんですよっ!食べてください。」
 料理の腕前に自信なんか無いくせに
 満面の笑みで断言してたわ

 ふだん挨拶を交わすだけだった水谷さんは
 彼女の突然の訪問に戸惑っていたけど
 「いただきます。」
 暗い表情の顔つきがわずかにほころんでいたわ

 アタシ 彼女の家のベランダ沿いに居着いてるから
 水谷さん家の事情も知ってるわ
 二人暮らしだった脳腫瘍の妹さんを亡くして
 迎える初めての冬
 どれだけ 寒いか
 彼女には分かってる

 言葉少ない彼にとって
 おせっかいかもしれない
 けれど 何か伝われば
 それでいい
 独居の彼女はそう 思ってるのよ
 同じ仏さんのいる お家だから

 長くなってしまったわ
 そろそろベランダに戻るわね
 おやすみなさい またあした

 

投稿者

滋賀県

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