群像
それは当然の帰結であった
ベランダに転がる蝉二体
円環外れて朽ち孤独
空を焼いたのは太陽であったか
モルゲンロートに浮かび上がる峻険でピラミダルな山容に溜息
森林限界の岩稜帯とハイマツの緑から斜面に溶け込む
注意深く眺めるダケカンバ
足を止めるナナカマド
良い子で育った装い上手な男はある時
手にしたソフトクリームをブロック塀に投げつける
少し粘り気を帯びて滴るミルクが血に見えて
ひと舐めしてみようかとしてやめる
海辺の墓地を過ぎ 開発されないままの草原の一角で
あの夏に散った英霊の魂を乗せているのか
レディオコントロールされた零は錐揉み飛行
その下をそこかしこに蜻蛉たちが優雅な遊戯
濡れ縁の内側の薄暗い冷気を帯びた座敷から
セルロイドの人形の目ん玉がこちらを見透かす
螺鈿を施したような女の付け爪が不意に剥がれる
アコースティックギターの弦はとうの昔に錆びついた
伸び切ったままの弦はそれ以上チューニングが狂わない
女の肌からは消毒液のような鋭利な匂いがしており口付けることさえ憚られ
男の肌からは生乾きの洗濯物のような臭いが発せられている
いずれも過敏になった鼻腔を突いて近寄り難し
市境にある駅のホームで似たような服を着た似たような顔の人間たちの
まったく異なる生活が脳裡をよぎる
バランス感覚には自信があったのだがあの転げ落ちる危うい夢以来
高度感あるナイフリッジは避けておる
うとうとしながら揺られているこの列車の行き先が
見ず知らずの理解不能な言語を話す人たちの国であったなら
上野の森ではテルミン奏者が磁場を歪めて何やら人を集めている
それを尻目に男はベランダから持ち去った蝉二体を土に還す穴を掘るのだった
コメント
分からない言葉は検索しながら拝読しました。
この詩の緊張感ある詩行に感覚が呼び起されます。
最終行で、おお!となりました。そこでしみじみとした味わい深さを感じます。
@こしごえ
さん、コメントありがとうございます。
タイトルどおり群像を描いてみましたが、群像って脈絡なく繋がりもないようでいて、あるとすればそれを見る人の目だけで、そこにある種の緊張感が生まれたのかも知れませんね。
蝉の亡骸から、イメージがぐっと広がり、深まり、その混沌に圧倒されました。混沌が、つまりは群像であるのかもしれません。緊張感というのは、わかります。
@長谷川 忍
さん、コメントありがとうございます。
台風の目の位置に作者あるいは詩の語り部がいて、その周辺が群像=混沌なのかもしれません。緊張は、やはり自己の消滅や生死のイメージが近いからかも、とお寄せ頂いたコメントから考えてみることができました。