諦念

 いくつかの迷いの旅を終え、自らの内に素を
宿すようになったのか。

 出会ったのは、そんな頃だ。小柄で、いつも
ぽつりとした姿だった。人に刃を向けたりはし
なかったけれども、時折、こちらの肌に染み込
むような眼差しを見せた。

 大陸の旅の話を聞いたことがある。バスが何
度も故障で止まるので、砂のしぶきの道を無理
やり引き返したのだという。道には街灯ひとつ
ない。自然はこちらの存在など無視しきってい
る。彼方から車が一台近づいて来るのが見えた。
ここは治安の悪い土地だ。車が止まった。自分
では計り知れないタイミングで転機がやってく
る。

 死を主題にした散文詩を書き続けた。折り目
正しい表情とは裏腹に、言葉には凄みが湧き立
っていた。抑えることのできないものを隠し持
っているようだった。非日常を書いてみたい。
そう語っていた。死はきっと答えなんかではな
いのだろう。問いかけでもない。

 詩作の現場でお会いすると、気さくに接して
くれた。激しい旅をするようには見えなかった。
彼女の中にある諦念の源をずっと考えていた。
濁った河を流れていく亡骸の行方を想像してみ
る。あるいは色彩をなくした光景の底に呑まれ
ていく。

 日々の、浮つきのさなかに、彼女の素をひっ
そり置いてみよう。

投稿者

東京都

コメント

  1. 自分では、計り知れないタイミングの転換
    好きな言い回しです

  2. @那津na2
    那津さん、生きることは、そういう転機の繰り返しなのかな、と思うことがあります。10年くらい前に詩の研究会で出会った方です。久しくお会いしていないですね。

  3. 長谷川さんはすてきな出会いを沢山しているんですね。
    それをこうして詩にしていることが すばらしいです。
    すてきな詩です。

  4. @こしごえ
    こしごえさん、詩の研究会に長く参加していまして、そこでたくさんの方々との出会いがありました。この詩に書いた女性詩人も、そのおひとりです。独特の雰囲気を持った方でした。

  5. “素を宿す”というフレーズを深く考えます。
    (好きなフレーズ)
    強い緩急が沁み込んできます。

  6. @たちばなまこと
    たちばなさん、激しい旅人である彼女も素であるし、折り目正しい彼女も、素なのでしょう。一面だけでは捉えられません。人の妙ですね。

  7. ぼくもそのフレーズがとても印象に残ります。うまく表現できないのですが、大切にしたい言葉だと思いました。

  8. @ぺけねこ
    ぺけねこさん、ありがとうございます。自分にとっての素というものを、時々考えます。私もうまく表現できません。省みることなのかもしれませんね。

  9. 心の奥底にある「諦念」が、詩を書かせるのだな…と思いました。「諦念」が詩の原動力となり、生きるための糧となっている気がします。

  10. @渡 ひろこ
    渡さん、いろんな意味で、諦める、ということを最近考えています。距離を置く、と言い換えてもよいかもしれません。そこから見えてくるものが、ありますね。

  11. コメント失礼いたします。諦めるとは、どういうことか深く考えさせられました。諦念とは、悟るような意味もあるのですね。最後の、彼女の素をひっそり置いてみよう、というところが印象的でした。

  12. 諦めることは自分の中に重い何かを沈めることなのかな
    と、ぼんやり考えてみました。
    自分なら重すぎて一歩も前に進めないでしょうね。
    とても興味深い詩人さんですね。

  13. @ayami
    ayamiさん、こんにちは。コメントをありがとうございます。たしかに、悟りなのかもしれませんね。諦めと、悟り、このふたつは根底で繋がっているのかな…。あらためて考えています。

  14. @nonya
    nonyaさん、そういう旅をする方には見えなかったので、彼女の詩を読み、びっくりしたんです。…でも、それは私の勝手な思い込みですね。人の内面の深さを、彼女の詩から垣間見たように思いました。

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