ジャズの詩(過去の詩、終)
夜の汀に
静かに打ち寄せる旋律が
月を濡らし
とびきり無垢なくらやみ
豊かな潮騒に包まれる
すべての静かなあなたたち
今はただ
波間に映りこんだ月のように
やさしく揺れて
なにも持たずに眠りにつくといい
1/fのゆらぎの夢
ふわりと空の高みへ
純粋なあなたへと還っていく
やさしく揺れて
波間に映りこんだ月のように
夕日まで一筋の道
振り仰げば茜空に
コルトレーンのシルエット
やさしくスウィングするたび
日は揺れながら西の空の向こう側へ落ちて
闇も夕暮れも同時に押し寄せ
ミニチュアの街を
夜の浜辺へ押し流していく
私はそこで一枚の貝殻を見つけた
くすんだそれが瞬くと
潮騒につつまれ
ざざん、と打ち寄せては
すす、とひいていく夜に
砂の城は跡形もなく
ただ砂浜に木の枝で
くっきりと描かれた文字だけが
消えることなく朝を待っている
リアシートの女が
もたれかかる窓には
人々の行き交う街の喧騒がうつり
それが音もなく流れてゆく
目を閉じても
ネオンの原色が
まぶたの裏に繰り返し焼きつく
鼓膜を揺らすウッドベースの心地よい重みが
全身にかかって
リアシートに埋もれる女
立ちこぎで坂道を登ってゆく
その頂上からはこぼれるほど青いそらが広がり
冬の余韻を残した風が全身をなで一息にとおりすぎる
最後に
ちからをこめてペダルを踏みつけると
そらよりも青いいちめんのいちめんの海
呼吸に合わせて
イヤホンから流れ込むウッドベースは心地よくはずむ
かすかな潮の香りが
深呼吸するたびに
大気に混じって入りこみ
指先からつま先まで満たされてゆく
古びたウッドベースの弦は無く
くりぬかれた黒いすきまを覗けば
かすれたアルファベットの文字と
たまった埃
ただ、そのままじっと目をこらしてご覧
暗い空洞に
節くれだった太い親指が見える
次にしわだらけの黒い手の甲
腕の筋肉が繊細に
そして大胆に動く
くたびれた椅子に座った大きな影が
上体を前後に揺らす度に
ウッドベースは心地よくはずみ
心臓をふるわせる低音が聴こえてくる
窓を流れる街の喧騒を忘れ
リアシートの女は眠りに落ち
うち寄せる潮騒の波間をただよう
弦の無い
古びたウッドベースの音色
コメント
おおお、ジャズだ。
エモーショナルでお洒落ですね。
どこも素敵ですが、自転車での描写にこころが昂まりました。
ゆらゆら揺れるようなイメージが心地よかったです。
素敵!
@たちばなまこと
様
ありがとうございます。
少しでも、言葉のどこかが届いたなら、イメージが浮かんだなら、嬉しいです。
@あまね/saku
様
心地良いって、嬉しいですね。
書いた当時もそんな感覚で書いた、それだけ漠然と覚えています。
ありがとうございました。
視覚的にも心地よく揺らいでいますね。
ジャズはあまり聞かないのですが
行間からニュアンスのある音が漂ってくるような気がしました。
弦の無い
古びたウッドベース
がずっと歌ってますね。
ジャジーで不思議な世界観でリアシートの女が効いていて素敵です。
言葉のリズムがいいですね。そのリズムに乗ってスイングして、情景も鮮やかに描かれていると思います。
「1/fのゆらぎの夢」というフレーズが印象的でした。
@nonya
様
行間、大事にしていた、気がします。
書くことより、かかれないものの方が
なんとなく。
読んで、コメントいただき、ありがとうございます。
@あぶくも
様
そう、ですね。
過去の自分の感情も分からず
今のぼくは過分なコメントに躍り出してしまい
全部台無しにしてしまうのでしょう。
ありがとうございます。
@渡 ひろこ
様
情景、リズム、描くこと、あの頃はまだブルーノートが店舗として、あったなあ、歳を誤魔化して、よく行ったなあ、家から徒歩5分もかからない喫茶店にピアノがあって、今思えばバイトのお兄さんだったんですが、たのんだら煙が目にしみる、当時は曲名もしらずに 頼んだら弾いてくれたから、ジャズが好きになったのかもしれません。
ありがとうございます。