前夜

その日何故自分がそんな風になったのか、
カーマインは自分でもよく分からない。

級友に「にわとり」と散々からかわれ、
黙っていたらあいつはバカだと無視され、
取り巻きの女の子たちが、
自分へ恋心で浮かれた目を向けていた。

カーマインは広げたノートを見詰め、
聞こえてくる先生の話を書き写していた。
筆圧が強過ぎて指が痛くなるぐらい、
真っ白だったノートは字でびっしりになった。

その日の早朝、カーマインは自然と教室へ行った。
誰も登校してきていない時間だった。
生徒指導の教師がひとり、黙々と廊下を掃いていた。
声を掛けたいとは思わなかった。
どうせ、自分が何をしようとしているのかも、
分かっていて何も話しかけてこないのだろう、と思った。

誰もいない校舎は快適だった。
そして、とても寂しいものだな、と思った。
普段は、あんなにうるさいと思っていたのに。
カーマインは、校舎の四階の窓から飛び降りた。
初夏の真新しい風がすべてを優しく包み込んでいた。
青白い光線が、何の取り柄もない街並みを照らしていた。
ここから飛び降りれば、きっと自由になれる。

会話の意味さえ理解できない級友。
悪し様に罵って金目の物を得れば、
自分が幸せになれると信じている級友。
世界はとても素晴らしい所なので、
明るく生きろと命令する無知な級友。
虫の声すら時に安眠の妨害になる僕と、
恋愛関係を築くことしか頭にない級友。
みんなみんな、大好きだった。

赤や青や透明なコードが自分を取り巻いている。
モニターには規則的な信号が表示され、
水を飲むことも物を食べることも制限された。
忙しく立ち回っている白衣の人々は、自分を時々見た。
その顔が冷たく凍り付いていたことが、
よく笑う、カーマインにはとても悲しかった。

起き上がろうとすると酷く狼狽されるので、
じっと寝台に身を横たえたままで、
努めて明るく「ありがとうございます」とカーマインは礼を言った。

校舎の四階の窓から飛び降りた後、
気が付くと一階の花壇の縁石の所に倒れていた。
悪い夢から覚めたように、不思議と爽快だった。
背中に妙な違和感があることに気付いて、
しゃがみこんだまま振り向く。

カーマインはその時、生まれて初めて悲鳴を上げた。

ここは病院なのだろうか?
彼女はいつものように傍に居て、そして何も言わなかった。
それがカーマインに対する、
精一杯の答えだったのかもしれない。
カーマインは寝返りを打つことさえできなかった。
まだ生えたばかりで、所々湿って縮れている、
身の丈はあろうかという背中の紅い翼の所為だった。

「ママ、僕、元気だよ」

投稿者

神奈川県

コメント

  1. 知らない國のおとぎばなしのよう。
    運命付けられた翼だったのですね。
    カーマイン、よく使う色です。

  2. @たちばなまこと
    なんとなく、カーマインには素人なりに感じるところがあります。個人的には、覚悟の色ですね。運命を悟り、受け入れた人に使う赤色です。創作のお話なので、少し大袈裟になってしまいます。すみません。

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