リリさんの音

マーケットを
左にまがったちいさな広場が
ひみつの場所。

そこには
リリさんがいて
ほのほの
アコーディオンを弾いていた。

ほんとうの名まえは
知らない
どこからやって来るのかも
でも
ここではリリさん。
(じんせいは、不思議だナ)

音色はね
人そのものなんだって
どんなに技をみがいても
ごまかせないんだって
だませないんだって。

リリさんの音は
愉快だけれど
ほんの少し
さびしさがあった。

たぶん
私がはじめてふれた
大人のさびしさ
おさな心を
そっとあずけたくなるような。

子どもたちを前にすると
リリさんのアコーディオンを
思い出す。
あの日のさびしさは
まだみつからない。

投稿者

東京都

コメント

  1. 子どもの時の音、子どもの時の匂い、子どもの時の風景……哀愁とともに生涯忘れがたい記憶となりますね。

  2. たかぼさん
    子どもの頃の秘密の場所というのは、何だか不思議な匂いがあって、時々記憶を遡ったりします。大人のさびしさに、子どもは敏感ですね。…子どもは、そのまま「感性」ですので。

  3. 「音色はね/人そのものなんだって」という言葉が印象的でした。
    長谷川さんのご幼少の頃の感受性の豊かさを感じます。この感性が詩作の原点かもしれませんね。

  4. すごく味わい深い子どもの頃の風景と記憶ですね。
    ひみつの場所をひとつ教えてもらえましたね。
    自分の子どもの頃の記憶や大人のさびしさについて考えてみたくなりました。

  5. 渡 ひろこさん
    楽器の演奏を聴いていると、上手いとかそうでないとかではなく、その人にしか出せない音色というのがあります。言葉もそうかもしれませんね。文は人なり。人間性の部分とかかわってくるのかな。

  6. あぶくもさん
    子どもの頃の記憶というのは、不思議ですね。大人になった今、振り返ると、物語でない物語のような…。当時の大人たちのことをふと思い出すことがあります。その頃の大人たちより、もうずっと年上になってしまいましたが。

  7. 「ほのほの」という擬音が絶妙です。確かにアコーディオンっぽい印象もあり、「ほのぼの」という言葉に近いせいか、温かい音が響いてきます。

  8. 自分は「(じんせいは、不思議だナ)」が刺さるというか、ぜんたい取り巻く雰囲気はあたたかいのですが、またそうシリアスには見えないような方なんでしょうが、こっちが勝手に想像をしてしまうものが、想像の向こう側があるのでは?という思いがしました。

  9. トノモトショウさん
    ほのほの、という表現は、個人的に好きで、他の作品にも使っています。オノマトペになるのでしょうか。ほのぼの、と同じような感覚として捉えています。アコーディオンの音色を意識して使ってみました。

  10. timoleonさん
    「(じんせいは、不思議だナ)」、このフレーズは、入れようか否か、最後まで悩みました。…で、入れました。そういうふうに想像していただけると、作者として、とても嬉しいです。

  11. 「人そのもの」
    音色を他の言葉に置き換えてもそうなのではないかと思いました。
    とてもやさしくてすこしさびしさもある「詩」ですね。

  12. たちばなまこと/mさん
    音色は、人間性かもしれません。
    たちばなさんの詩にも、音色がありますね。その音色に惹かれます。

  13. 人生の不思議を奏でるアコーデオンの空気感が、いいですねぇ・・。

    演奏と詩作は、通じるものがありますね。

  14. 服部剛さん
    童話っぽい感じで書いてみました。子どもにとって、大人は不思議。人生も不思議。でも子どもは敏感なので、大人の心を見破ってしまう…。
    詩のリズムは、たしかに楽器の演奏に通じるところがあるかもしれませんね。

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