得たと思うと同時に失う。

得たと思うと同時に失う。
そう

花はひそやかにゆれている。私はひそやかにゆれている。命は命に支えられている
この体は何かからの借りものなので、この体を返す時は一先ず自然へ返す。
しかし、あなたや私のそれぞれの命に代わりはないし、私の気持ちは私のものです。

でもね、とらわれていると苦しい。
だからできるだけとらわれたくない できるだけ 雲のように水のように。
(とらわれないようにすることに とらわれていると気付く)
ああ、結局私は、とらわれているのだ。なぜかほっとする。
うん、何かを精神的に手放して こころを満たすことができるかもしれない。

名の無い私を置き去りにして、
名の無い鳥が飛んでゆく。
はじめの命を生んだのは何かだ 何かを生んだのは何だろうか。沈黙する

得たと思うと同時に失う。
そう
あの目は、
遠い昔に失った何かを見つめる
目であった

これも運命か。それでも 私は命に従います

投稿者

新潟県

コメント

  1. 生きるということは、意識的、…無意識的に、バランスなのかなと思うのです。あるいは、調律。自らの「音」を調律しつつ、他者の「音」に添いながら、生きていく。この詩を拝読し、そんなことを考えました。

  2. 長谷川さんが、この詩からそのように生きることについて考えてくれたことを貴重に思います、とっても貴重!
    うむ、そうですね、生きることは、何はともあれバランスも大切ですよね。うむ、他者との関係性を保つのも生きていく上で大切なことだと、長谷川さんのコメントを読んで、ああ そうだなぁ、と思いました。
    そうやって この詩からすてきに考えたりしてくれて うれしいです。ありがとうございます!

  3. とくに4連の1~2の描写が優れていますね。得た、と思わない心の余白をもちたい、と思いました。

  4. 剛さんへ うむ、その連に着目してくれて、ありがたいです。
    そうですねぇ、得た、とは思わないというのも、一つの生き方につながるのかもしれません。
    剛さんの言う通り、心の余白というのも ある場合には大事ですね。剛さんが、そういうことに気付かせてくれて、ありがたいです。ありがとうございます!

  5. サムシンググレート的な「何か」との対話のように読みました。
    「遠い昔に失った何かを見つめる
    目」を深く想像します。
    そして、最終行の重くて深くて優しくて潔い決意のようなものにグッときます。

  6. あぶくもさんへ 「サムシンググレート」という言葉を検索してみました。んー、なんかすごい。あぶくもさんが、この詩をそのような視点などで読んでくださいまして、ありがたいです。
    ああ、その「目」を深く想像してくれたことも貴重に思います。
    更に、最終行に着目してくれて うれしい。それを重く深く優しく潔く感じたりしてくれたことに感謝をします。
    あぶくもさんが、そのようにこの詩を思ってくれて、とてもうれしくありがたく思います。ありがとうさま!

  7. 命に従うとはどんな心地なのかなあと考え込んでしまいます。

  8. たちばなさんへ うむ。まず(私自身のためにも明記しますが)、命を言葉通りに解釈すれば、命とは、「生物の生きてゆく原動力。生命力」または、「もっとも大切なもの。命ほどに大切に思うもの」※(広辞苑より引用)などという意味だそうです。
    その命。たちばなさんが言ってくれたように、命に従うとはどんな心地なのか、ということは、もちろん、人それぞれによって異なる心地でしょう。
    しかし、そのことをたちばなさんが、考え込んでくれることに深く感謝すると共に たちばなさんが考え込んでくれることを貴重なことだと ありがたく思います。ありがとうございます!
    もし、この詩に魂があるとしたら、たちばなさんが考え込んでくれて この詩もうれしく思ったりしていると思います。

  9. まあ、命という言葉ではない命を思えば、命というものはとっても複雑で多様性のあるものなんだろうとは思います。

  10. 何かを完成すればまた作り始めなければなりません。
    もし格闘家なら戦いが終われば次の戦いの為に鍛錬を始めるでしょう。
    人類は月に到達したらまたその先に進もうとする。
    なんて果てしなく、眩暈がするような定めなのだろうか。ネバーエンディングじゃないか!
    と思いながらも人は生まれたからにはそうそう終われず、また歩き出さなきゃいけないんだろうなと思いました。誰のためにでもなく。

  11. 王殺しさんへ そう、ネバーエンディング!しかし、終りが無い、ということはとっても苦しいことだと個人的には思います。しかし、実際は、王殺しさんの言う通りで、生まれて生きている限りは終りがない。もっと言えば、この宇宙の始まりから終りまで終りがない。宇宙を生んだのは何かですよね。その何かを生んだのは何かという終りのない問いもありますね。あ゛ぁ、苦しい。
    しかし、王殺しさんの言ってくれた通りで、人は生まれたからには終われずに、また歩き出さなければいけないのでしょう。そう、誰のためにでもなく、自然に、命に従って。
    そのことを王殺しさんが私に伝えてくれて、ありがたく貴重に思います。ありがとうございます!

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