僕は生きたい この人生しかない 愛してもいいですか

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街の間から差し込んでくる夕暮れの光がまぶしい。

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これを読んでいる君がどんな君か僕は分からないし、君にどれだけ僕のことを伝えられるかわからない。
僕は大学の時に映画を作っていたんだ。詩よりも映画を作る方が好きだった。
高校の時に教師からも級友からも嫌われていたんだ、僕は。
成績も中途半端で身体も貧弱だったから。僕は人間として高校のときにもう早くから淘汰されていたんだ。
意味もなくよく殴られたよ。そりゃそうだよね。進学校なのに僕は勉強せずことごとく反抗してたから。
あまり学校に行かなかったんだ。高校の三年間は人と話したことが記憶があんまりなかったりする。
僕はもう役立たずで、そう長くは生きていけないものだと、気づき始めてた。
ただ一つの僕のなぐさめは映画だけだったんだ。
レオス・カラックスって君は知らないかもしれないけど、フランスの映画監督なんだけどさ、『汚れた血』ってタイトルの映画を見た。
僕はこの映画に救われたんだ、僕は自分の将来をこの映画の中に見つけようとしたんだ、きっと映画監督になってやるんだって。
芸術大の映像学科に行きたかったんだ。でも映画監督になりたいって誰にも打ち明けられなかった。
夢を正直に語るのがむしょうに怖かったんだ。君は笑うかもしれないけど。だから行けなかった。
大学は哲学科だったけど、僕は夢だった映画を作り始めたのさ、友達集めてさ。
作り方なんて知らなかった。でも僕には8ミリフィルムのカメラがあった。友人がいた。そして僕の夢があった。

もしこの、映画への気持ちがなかったら、
僕はもっと早くに、
この世を去ったはずだった。
僕は映画を作っていたかったんだ。

あの頃の僕はエゴイスティックで、それにこころを既に病んでいたから、僕を激しく嫌う人もいたんだ。

 「あのひと、いい人かもしれないけど、時々すごく距離を置きたくなるんだよね」

僕はそれでも映画を作っていたかった。
そうでなければ
生きられなかったから。
上映会もやったことだってあるんだよ、Hって映画監督の映画講座の仲間たちに見せたんだ。
僕の映画を好きだって言った人は三人だけだった。百人くらいそこにいたのにね。

 「自己満足の映画。ドラマも作れないのに、謙虚に人から学ぼうとしない」

僕の映画をただ一人だけ認めてくれた人もいたよ。映画評論家だった。名前忘れた。

 「君は才能があるかもしれないが、君は心が弱い。君の弱さが映画から見える。君は作り続けられない」

彼の言葉は当たっていたんだろうか。君もきっとそう思うだろうか。
もし君が、今の僕や、僕のこれまでの人生を知っていたんだとするなら。
いつも死にたかった。死ぬべき人間だって気持ちに取りつかれてた。
人を得るたびに僕は脆くなっていったんだ。
友人をどんどん失った。仕方ないよね。その時は僕のことなんて僕も理解してなかった。
それでも僕は映画を作りたかったんだ。
映画を作っていたかった。
映画を作って生きていたかった。
僕は二十一歳だった。

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こうして
この詩を書く真夜中
過去のことを考えてる
いつだって過去だった
過去だけを弔っていた

今日という一日を用いて
過去の一日ずつを消し去る
過去に僕は囚われる

あの言葉やあの思い
むしり取られた時間
過去が追いついてきて化け物になる
奪い取られた二十年以上の時間
奪われた時間が僕を責めたてようとする

真夜中なのに
さみしいのに
誰もいない とても切ない
誰かが欲しかったんだろうか
 (誰かはおまえなんかいらなかった)

でもその誰かに僕は誠実だったんだろうか
 (そんなわけないさ、偽善者)

僕は本当に今までの人生を愛したんだろうか
 (本当は憎んでるんだろう?)

誰かに愛されたのだろうか
 (誰もおまえなんか愛さない)

僕は誰かにやさしかったんだろうか
 (やさしいふりだけ。おまえはいつも裏切り者)

あの時間はなんだったんだろう

この人生はなんだったんだろう

僕は何を残せるというのか

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ぼくはブローティガンの詩集を開いたんだ。
あのひとの手紙が入っているから。
くりかえし
くりかえしくりかえし。
くりかえし読む。
こんな愚かでまちがいだらけのぼくを知りながら
それでも愛してくれた人の手紙を。
あのひとの言葉を反芻するんだ。

 「いっぱい いっぱい いっぱいの思い出 ありがとう」

とってもやさしかった。
あのひとはいつもぼくを「憂鬱ちゃん」と呼んでからかったんだ。
よくあのひとのこと、映像に撮ったよね。
あのひとの左側の横顔が好きだったんだ。
いつもご飯に連れ出してくれたな、ぼくはどこにも出かけられなかったから。
何時間でもはなしを聴いてくれた。いつでもぼくの部屋に来てくれた。

 「いやしが必要なのよ、あなたには」
あのひとは本当は他のひとが忘れられなかった
でも、それでも、たしかに、ぼくを愛してくれた。
ぼくがたとえどんな化け物になろうとも、
あのひとは、一度もぼくを責めなかった。
ぼくが入院している間、猫と一緒に待っていてくれた。
あのひとがくれたあの冬の思い出をわすれない。
一緒に手を繋いで歩いてたら、男たちにからかわれた。
あのひとは「たのしいね」って笑った。
ぼくも「たのしいよね」って笑った。
一番人生で幸せだった。
あのひとがいて
だから耐えられた。
生きられた。
あのひとはぼくを離れていったけど、

 「ありがとう」って言ってくれた。
 「人生は思い方一つで変わるから」って。
 「いい人生が待ってるよ」って。

あのひとだけは、
あのひとだけは、
たしかに、
たとえぼくが間違いだらけの人間であっても
ぼくをただひとり愛してくれたひとだった。
いまもそうやって思えるんだ。
思えることがうれしいんだ。
ぼくもあのひとだけはとても愛してた。
ほかのひとをきちんと愛せたか分らない。
でもあのひとは、
ぼくがただひとり、
愛せたってわかってる。
そう思えるのが、
うれしいんだ。
そんな時間があったんだ。
ぼくにもあったんだ。
きちんと、
ちゃんと、あったんだから。

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過去が一瞬
やさしい顔になる
やさしい過去が
一瞬 いまこのとき
僕を包んでくれる

とても淡い
とても柔らかだ

やさしい過去が
僕を暖めてくれる

僕は
救われるかもしれない

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これを読んでいる君は僕のこと、どんな人間だと思い始めているのだろう。
僕は過去に何度も自殺は試みたけど、僕は一度本当に死に損ねたことがあったんだ。
友達の多くから相手にされなくなったときがあった。
もういいやって思った。
疲れてしまった。
でも、もう、どんな理由だったのか、思い出せない、いや、思い出したくないのかもしれない。
持病の喘息の薬を40錠、ウイスキーと一緒に飲んだんだ。
全部飲むのに三十分ぐらいかかった。
飲んでからたった一人残った友達に電話をしたんだ。

 「今から死ぬんだ」

友達は本気だと思わなかったんだろうね。

 「いま、彼女が来てる、これから二人でパスタ食べるから」

僕は電話をやめたんだ。
猛烈な吐き気が襲ってきた。トイレに行って吐いたら、すごい数の錠剤が出てきたよ。
母親が帰ってきたんだ。僕は生まれて初めて母親に抱きついてすがったんだ。

 「生きたいの? 死にたいの? 死にたいのだったら助けない。生きたいのだったら病院に連れて行く」
僕は泣きながら「生きたい」と言ったよ。
救急車に生まれて初めて乗った。乗った気がする。思い出せない。
次に気がついたときは、チューブが喉を通ってた。今までこれだけ吐いたことないってぐらいっていうほど身体中から吐いたんだ。不思議と苦しくなかった。
解毒剤を飲んでも駄目だった。「助かるかどうか分らない」って医者が母親に言うのが聞こえた。
次に目が覚めたのが集中治療室だった。僕は身体中の血液を交換していた。
看護婦さんがとてもやさしかった。
なんて言ってくれたか思い出せない。
でもやさしい声だった。ガーゼに浸した水を吸わせてくれた
あんなに綺麗でやさしい人がいるのかと思ったぐらいだったんだ。
何かを、そのときまで、忘れていたんだろうね、きっと。
二日目には大部屋の病室に入った。僕よりずっと年上の患者ばっかりだったけど、みんなやさしかった。
人があんなにやさしいと思わなかった。
看護婦さんが言う冗談があんなにやさしいと思ったことなかったよ。
朝も昼も、一日が綺麗なんだと思えたよ。
生まれてからあんな気持ちになったことはなかった。
退院して、また大学に戻ってから、僕は初めて精神科に行ったんだ。
それからずっと、切れ目なく、障害者として生きる生活が始まったんだ。
二十一歳のときからだ。

もう二十一年前になった。

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僕は 本当に 
何度も  切なくなっている
これまでの二十一年間
人生の半分

僕はもう一度
考え始める

人生の半分も奪われてきたことを
僕は今まで何をしてきたのだろう

何を僕はこれから残せるのか
とても
心細くなる
僕は本当に正しかったのだろうか
僕は本当に懸命に生きたのか 

今までの半生に本当の意味があったのだろうか
これからの人生に本当の意味があるのだろうか

考えてしまうんだ

だれかにここにいてほしいのに
だれもいま ここにいない

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僕は、いま、思い出そうとしている。
僕が生きてきた街のすべてを、たくさんの街を。
その街に生きてきた人たちを。
僕が見てきた人たちを。
僕が出会ってきた人たちを。
僕に声をかけてくれていた人たちを。
だんだん、たくさんの、顔を思い出す。
たくさんの微笑みを思い出す。
いろんな人たちの顔が浮かんでくる。
これ以上ないぐらい、思い出してきた。
あの街や、この街。
いろんな街。
たくさんの人たちがいた。
僕は、たしかに、いろんな人たちに会ったんだ。
その人たちに、
いろんな生き方があった。
みんないろんな人生があった。
それが僕の人生に出会ったんだ。
とてもやさしかった人もいたし、
とても寂しそうだった人もいる。
みんな、僕にとおりすがってくれた。
僕の人生を、歩いてくれた。
いろんな人が通ってくれた、僕のなかに。
僕が見てきた街があった。
いろんな朝があって、
いろんな夕暮れがあった。
いろんな夜があった。
街はやさしかった。
寂しそうな街もあったけど、
街は生きていた。
僕を生かしてくれた街。
僕を包んでくれた街。
街の光、
街の土、
街がくれた思いやり、
街と人々がくれた、人生。
僕は
そんな街の中で 
ずっと生きてこられたんだ。

僕の生きたいろんな街が  たくさんの人たちが  どこでも いつでも 僕を愛してくれた。

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過去が 
たったいま やさしい顔になる
やさしい過去が
たったいま いまこのとき
僕を包んでくれる
とても淡い とても柔らかだ
やさしい過去が
僕を暖めてくれる
過去がやさしく
僕の方へ歩んできてくれる
僕が過去に向かって
静かに微笑みかける
やさしい過去のなかに
やさしかったあのひとがいる
やさしかった街が見える
やさしい思い出が見える
やさしい二十一年間が見える
やさしい過去が僕を包む
やさしい過去が僕を暖める
僕は初めて知る
あんなにも人生が輝いていた
あんなにも人や街が
僕の中で生きていた
かけがえのなかった
やさしい人生
おおらかな人生
守ってくれた人生
見続けてくれた人生

新しいこれからが見える
新しいこれからに出会う
新しい人生が待ってくれる
新しいやさしさで迎えてくれる
新しい僕が生きている
僕がこれから書く詩が
僕をずっと待っていた
新しい僕の詩が
僕の人生に意味を与えようとしてくれる
僕の詩のなかから新しい人たちが見える
新しい街が見える
新しい夕暮れや朝焼けが見える

僕は救われるかもしれない
僕は救われるだろう

僕は僕の詩に
僕を残すだろう
僕が残した詩の中に
これから僕の魂を拾ってくれる君
君のことが見える
僕はいつか君と出会うだろう
僕はいつか君と話すだろう

そのとき僕は 救われている

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僕は生きたい      

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この人生しかない       

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愛してもいいですか

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この詩を
僕は
僕の人生に送りたいんだ

いや
僕の人生と
これを読んでくれた
僕の知らない
君の人生にこそ
送りたい。

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街の間から差し込んでくる朝の陽射しがまぶしい。

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投稿者

徳島県

コメント

  1. オレの顔も思い出してくれたんだろうか。生きようと願うなら生きていればいいよな。ちょうどオレもこの詩のように、美しい過去にとらわれて、この何十年かの人生に意味はあったのかとネガティブになっていたところだったが、別にそもそも意味なんかなかったのかもしれないし、それでも日々は続いて、腹が減って、オナニーして、なんとなく生きているのは意味深いのかな、とちょっと救われた気分になる。「汚れた血」はトノモト・オールタイムベスト4位で、きっと似たようなことを感じたから、オレもまだ生きているのかもしれない。

  2. これはパラレルワールド的に自分の人生に起きた事象と心象かもしれないと思いながら朝から一気読みでした。
    安っぽい言い方で恐縮だけど、過去の描写から後半にかけて視点が現在、未来に向かって行って、かつその思いに共感しました。
    先日のポーラXと言い、レオス・カラックス好きなんですね。これは、ポンヌフ以前のジュリエット・ビノシュですね。

  3. なんだみんな似たようなもんだな、と想って読みました。自分もカラックス見て8mmつくって、ブローディガンとか読んで、、他人に習うのが嫌いで、自意識過剰で、あれ?でも自分と全然違うんだよな〜って思って。自分はこんなに自分のこと延々と話したりしないし、才能もないし、こんなに文章も上手くもない。誰の詩を読んでいたのか?ほんと忘れるのが得意だからな、笑

  4. 愛してもいいですか

    愛するって すてきなことですね。すてきな詩です。

  5. 怒濤のような大作にも関わらず描かれている言葉が破綻していないので一気に読まされました。映画で言えば見事な長回し。

  6. 類稀な集中力をお持ちなんだなと思います。

    これからもこの作者の詩を読みたいです。

  7. 大作でした。どこか太宰ズムを感じました。たしかに映画のようだ。

  8. レオス・カラックスの、アレックス三部作、三作とも観ました。『ボーイ・ミーツ・ガール』『汚れた血』『ポンヌフの恋人』。私も、『汚れた血』がいちばん好きです。『汚れた血』の中で、カメラを長回しにして、アレックスが夜の街を一直線に疾走するシーンがあります。この詩を読んでいて、あの疾走のシーンを思い出しました。

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