林檎
山茶花が咲いている
花の先は薄墨色の町だ
見馴れた町並み
気づかない日々が
いく粒も埋もれてしまう。
深呼吸をひとつすると
あなたは目を閉じた
あなたの追憶は
少しずつ縮んでいく
そのぶん
穏やかさは
溝を増していくかもしれない。
生きるということに色はあるだろうか
色を無くすことができるだろうか。
手にしていた林檎を少し齧り
あなたは目を開いた
見えないものを
見つめようとしているようだった。
あなたはだんだん薄墨色になっていく
林檎の赤さだけを残し
二人して踵を返した。
コメント
リンゴを齧るとどうしてか詩ができる。不思議ですね。
babel-kさん、詩は、きっかけだと思うのですね。意外なところから詩が始まっていきます。
黒澤明監督の『天国と地獄』で用いられたモノクロの一部だけが赤いというパートカラーの演出のように、この詩が感じられました。
際立つ林檎の赤さが薄墨色とのコントラストで迫ってきます。
「生きるということに色はあるだろうか
色を無くすことができるだろうか。」
この問いは深いなぁ。
山茶花も赤系で想像しました。
グレースケールに少しだけ赤を差した画はひととき視線を奪います。
静かにハンサムな作品だなあ、と思いました。
「あなた」の存在がどういうわけか哀しみを帯びているような気がしますが、その一方でどこか希望も「あなた」から感じられます。
あなたはだんだん薄墨色になっていく
林檎の赤さだけを残し
「あなた」がだんだん 思い出に変わっていくような気もしますが、「林檎」の赤さ(いのち・魂)は残る、というのでしょうか。でも「二人して踵を返した。」というので、二人の世界(いのち・魂)がふくらむというか。
長谷川さんは、風景描写もすごいですが、人物描写もすてきですね。
あぶくもさん
『天国と地獄』は、私も観ました。あの場面は絶妙でしたね。あれほど鮮やかではありませんが、薄墨色の中に赤という、意識、イメージが自分の中にありました。
生きることに対しての問いは、いつも私の中でくすぶっています。答えは出ない。くすぶりが、時に詩の言葉となって湧き上がってくるのかもしれません。
あああさん
情報過多の時代ですね。現実も、ネットも、色で溢れています。水墨画のような淡々とした世界への憧れがあります。必要な色を選ぶことは、生きる上で大事なのかなと私も思います。
たちばなまこと/mさん
そうなんです。山茶花も、林檎も、赤系です。二つの色を重ねたところがありました。色に敏感でいられるのはすてきですね。グレースケール、繊細な手法だと思いました。詩作にも間接的に活用できそうです。
こしごえさん
哀しみは、たしかにありました。思い出に変わっていくというのも、この詩の中では事実です。認知症の方を意識して書きました。もちろん、それは私の意識だけで、どのように解釈して読んでいただいても構いません。