非線型方程式
カニカマがはてしなく原野に並ぶ
湿り気を帯びた表面
赤と白のミックスされた色合い
汚れた性器の臭い
カニになりたくてもなれずに
海の底に沈んだ魚たちの死体を
職人が丹精込めてすり身にし
棒状のお墓にしてくれたのだった
やがて原野に街が形成されると
人々はカニカマの美味しさに気づき
いくつかできた商店の店頭に並んだ
お墓はお墓でなくなり
製品となり商品となった
沈んだ魚の死体だけでは
生産量を賄いきれなくなり
中間業者はカニになりたい魚を集った
最後のお墓まで面倒見ます
それが謳い文句だった
街中の人が美味しいカニカマを食べている最中にも
職人たちは供養のためのお墓だと信じ
実直に作り続けた
人は人や物を求め続け
手に入ればそれを幸せと名づけた
街は汚れた性器の臭いに溢れた
コメント
非線型方程式という言葉を、検索してみたけれど、私には難しすぎて、どういうことなのか分かりません。(なので、今回のイベントには、参加できないと思う)。
でも、この詩には、やり切れない、さびしさ、というか 悲しみが、込められているように感じます。それでも、ポイントを入れたのは、ただの悲しみでは無いからだと思う。
ちなみに、ぜいたくを言えば、カニカマは、嫌いでも無ければ 好きでもありません。本物のカニも、好きという事は無いし、食べたいとは思わない。まあ、ぜいたくを言えば。でも、ぜいたくとかじゃ無くて、正直、食べたいとまでは、思わない。その存在に、失礼かも、しれませんけどね。もっと言えば、カニカマや 本物のカニには、罪は無い。言うなれば、私の罪だ。カニカマさん、本物のカニさん、ごめんなさい。
と、感傷的な感想になっちゃったけど、この詩には、物語がある。この詩に登場する それぞれの存在が、精神世界で 生きている。それは、作者の思いやりなどから来るものだと思います。存在性の生。
そして、
いのちを考えさせる 力のある詩だと思います。
@こしごえ
こしごえさん、コメントありがとうございます。
こしごえさんの非線型方程式読みたいなー、読みたいなー(ちらり
私も文字をみて湧き上がってきたイメージで書いてます。
カニが好きということでないならば、連れて行かれる心配もないですね。
私は少しカニカマに疲れています・・・
おそらく「カニカマ」から始まる詩は、世界でこの詩くらいだろうと思うけど、ともするとコメディにもなりそうな「カニカマ」が生と死の物語に昇華していく様は、どこか感動的でもある。
この詩を読んで自分は詩人になりたい死人なのかと思った。
@たけだたもつ
『非線形方程式』、ある目的を持った行為が、その目的通りの結果になるとは限らないとなれば、貴方の詩に呼応した詩群は、意図していない結果という「非線形方程式」。意図していたとしても、それはそれで「非線形方程式」。いずれにせよ、私のこのコメントすら含めてもキレイにおさまりますね。
なんとなくフラクタルで、官能小説的で、世界でいちばんやさしい「自由」な詩になりましたね。