感想文的自由なコラムPOECOLポエコラ #002

トノモトショウ

孤独なる詩、そしてコミュニケーションの可能性

#002|2021.11.12

「日本WEB詩人会」(ぽえ会)が再発足してから早いもので半年が過ぎた。
20年ほど前は詩投稿サイトが乱立しており、「ネット詩」という言葉が生まれるほど各サイトが盛り上がりを見せていたものだ。しかし、当時あれほど活発だった詩投稿サイトもそのほとんどが閉鎖してしまって、ネット詩人たちは行き場をなくしてしまったように思う。SNSの普及によって、わざわざ自己表現の場を他に求めなくてよくなったという背景もあるが、詩人同士が交流できるコミュニティ・サイトはもはや皆無に等しい。そんな中、復活した「ぽえ会」はネット詩人たちにとって、新たな道標と成り得るのだろうか。

詩とはそもそも孤独なもので、自分が見たもの、自分が感じたものを、自分の中にある言葉を使って表現するわけだから、そこに他人が介在する余地はない。内省的で身勝手な、自分のためだけの言葉の群れであり、誰かに何かを伝えるという性質を持たない。つまり他者とのコミュニケーションを想定していない。
しかし一方で、(それは大きな矛盾だが)誰かに何かが伝わることを願っている。他者とのコミュニケーションを求めている。評価が欲しいとか、共感を得たいとか、あるいはもっと傲慢な自己顕示欲なのかもしれないが、ともかく読んでもらって反応してもらいたい。だから自作を恥ずかしげもなく晒すのである。

正直に言って、私は他人の作品など興味がない。だが、どこかでコミュニケーションを求めている限り、私は他人の作品とも真剣に向き合わなければならないと思っている。「ぽえ会」に投稿された作品すべてに目を通しているし、感想を書くべき作品・作者にはなるべくコメントを残そうと努めている。自分の作品にも目を向けて欲しいといったギブ&テイクのような意図というより、「ぽえ会」に集う同志と何かを共有したい・コミュニケーションをしたいという、詩人へのある種のシンパシーなのだと思う。

今や稀少なコミュニティ・サイトとしての「ぽえ会」が、どうか詩人同士が作品を通じて交流できる場所となることを願う。作品をただ投稿するだけじゃなくて、一言でもいいからコメントをし合おう。ここに集ったことを意味深いものにしよう。


10月に投稿された作品の中から、私が気になった作品をいくつかピックアップ。

 

●あぶくも「ストーン」
https://poet.jp/photo/791/

あぶくも氏は常に言葉の可能性を模索し、豊富なアイデアと挑戦的なギミックによって、詩の世界を広げようとする詩人である。この詩は1行を20字で統一することによって視覚的なインパクトを持ちながら、そのオーガナイズされた制約の中に人生訓のようなメッセージが含まれている。「転がる石には苔は生えない」という諺には、ふらふらと一点に定まらない者は地位や財産を得られないというネガティヴな解釈と、常に活発に動く者は時代に取り残されないというポジティヴな解釈の両方があるが、「ストーン」で描かれているのはそのどちらでもない、諦めにも似た前向きさである。「死ぬまで惑って生きる」方が人間的でクールである、とでも言うように。

 

●たかぼ「この世のすべてが10月であったら」
https://poet.jp/photo/848/

たかぼ氏が描く作品はいつも哲学的・空想的でありながら、日常のワンシーンの延長線上に留まっている。誰もが共感しやすいシチュエーションに置かれた示唆的な言葉は、詩的な雰囲気を纏って読者の心に深く届く。この作品も、男女の会話文で展開されていくだけの、何気ない物語のように見える。だが、最初と最後の註釈によって、この二人の対話が過去のある一瞬を切り取ったものであることが想像できるし、美や恋の神秘についての真理を穿つカリカチュアであることを知る。そして改めてタイトルを振り返った時、この世のすべてが10月でないこと、つまり進行する物事も遂には終わってしまうということを痛感させられるのだ(まさに10月が終わろうとするタイミングで発表されたのも意図的に)。

 

●たちばなまこと「生まれたことについて」
https://poet.jp/photo/850/

ジェンダーフリーが叫ばれる昨今だが、男性・女性の二元論そのものをなくしてしまおうとする風潮には首を捻らざるをえない。特に詩において、男性性・女性性という要因はポエジーにそのまま直結していて、男性だから書ける女性性や、女性にしか醸し出せない男性性もあるからだ。そんな中でもたちばな氏は強く女性性(あるいは母性)を感じさせられる詩人であり、彼女自身のパーソナリティを色濃く反映しているように思う。この作品でもそうで、「生まれた」と言うワードは自発的に「生む」母としての視点がなければ書かれることはなかっただろう。命の繋がりは、連綿と受け継がれていく遺伝子であり、時には輪廻転生でもあったりする。それを肉体で感じて詩として表現するには、母なる精神が絶対に不可欠なのだ。

トノモトショウ プロフィール

1980年大阪生まれ。第一期「日本WEB詩人会」にて企画・編集担当、詩投稿サイト合同企画「ネット詩コンクール」の運営補助などを経て、2005年より表現結社「Fuck the People」を主宰。詩集「快楽天使」(2004年)、アンソロジー詩集「Be Free」(2006年)。
好きな素数は13、好きな単位はヘクトパスカル、好きなデ・ニーロは「ディア・ハンター」。

トノモトショウ