あれは君のことだったのかもしれないと思った
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久しぶりに
眠れない夜だった
一杯だけ
飲むことにした
ずいぶんと長く
抑鬱はなかった
ずいぶんとひさしく
医者が命じた禁酒を守っていた
ジョニーウォーカーを
朝食用の
オレンジジュースで割る
本当に
一杯だけ
明かりはいらなかった
街灯がなだめるように染み入る部屋の白壁
白壁に
身をゆだねる
少し前の暮らし
思い出してみる
思い出さなくても
そこにあった
少し前の暮らし
死は
そこら中にあった
ブレンデッドスコッチ
注ぎ込みながら
思い出してみる
少し前の死に損なった暮らし
思い出さなくとも
そこにある
いろいろ苦しい日々続いているので、昔よく聴いてた、カウボーイ・ジャンキーズ、流してみて、初めて自殺未遂して胃洗浄と血液交換受けて生き延びて、犬みたいに働き始めて、スコッチとオレンジ、抗鬱薬と一緒に流し込んでたあの頃の夜を思い出してて、確かなものもなく、今もこうしてダラダラ生きてるよと、あの人呼んでみる、あの曲、“I’m so lonesome I could cry”ってタイトルの意味分からずに、怖い暗示や絶望的とかいう名前のリピート繰り返し襲ってきて、こんなふうに今だってなお殺そうとするけど、もう死ねないし生きるスピードはただただ運命の塊で、思い出しているよ、名前も忘れたのに、一緒に寝てそして逝ったあの人、考えてみればね、生きているんだと、そういうことだと、そういうことだけでこんな愚かな人間も大事なんだと、生き恥の白い崖に投身する勢いでいつかの焼香の香り思い出しながら、決め込んで、迷い詰めて、薬飲んで、吐いて、食って、切って、戻して、泣きながらセックスして、嘲笑する思いでオナニーして、憤りながら感情だけが幽体離脱して、一晩千回あの世のあの人にピンポンダッシュして、とうとうこんな生き狂い寸前の爆心地まで来てしまった、自爆する。
ほんの近く
あのひとを感じていた
いつも
泣くことをせず
どんなときも笑うことにしていたひと
お酒を飲んで
酔っ払ってもいないのに
むやみにだっこをせがんだひと
お母さんからもらった幸せの来る木
いつもなにもない部屋で抱えていたひと
眠れない夜の理由
考えていた
さっきまで
ベッドに横たわって
聞いていた気がする
過去からかかってきた電話の音
どうにも怒りが収まらなかった
どうにもつらさを止められなかった
過去からの電話
もう聞きたくはなかった
理由もさだかではなく
一瞬
電話かかってきた、真夜中、警察、アドレス帳で、最初に、名前があったって、マンション行った、幸せの来る木、転がってた、府警行ったんだ、理由なんかわからなかったって、ただ転がっていたって、ついでに取り調べられた、数日前会ってた、大学のカウンセリングルーム、途中までついてきてくれた、最近怖いって言ってた、床の格子模様、徳山の実家まで行った、喪服なかったからリクルートスーツ、初めて見るお父さんや、幸せの来る木を預けたお母さん、友人たちはみんな泣いてた、泣けなかった、死に顔見たら泣けると思った、棺の中、顔が真っ白だった、傷もなかったのに、かならず優しかった、何もせず一緒に寝た、笑っても泣いてるようだった女の子、でも眠ってるんじゃなかった、少しだけ触った、ひどく冷えていたのに、泣けなかった、帰りの新幹線、考えていた、泣けなかった理由、アパートに帰って考えてた、夏休みが終わって考えてた、冬が来ても考えてた、春が来る前に飲んで吐き始めた、それでも考えた、とうとう追い詰められて血液交換、考えてみればさ、生きて、いるんだ、と、そういうこと、だけで、大事、だと、決めこんで、ここまで、とうとう、迷い詰めて、来て、しまったよ、この爆心地、誤爆する。
ひさしぶりに
眠れない夜だった
眠れないベッド
「あの言葉」は
あれは君のことだったのかもしれないと思った
眠らない ベッド
いまもなお
君が
本当のことを
言おうとしているのかもしれないと思った
ぼくはまだ
君のその一瞬のことを考えて
なお生き延びるための時の放棄に
くるしんでいた
暗がりで
キャメルの残り火潰して消して
もはや誰も
帰ってこないことを知る
街灯の光で
浮かんだ 「あの言葉」
英語のセンテンスを
思いつきの訳で
口にする。
“I’m so lonesome I could cry”
「泣きたいほどの寂しさです」
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コメント
この詩を、映像にしたら、どんな感じになるのだろう…。そんなことを考えてみました。この詩の言葉をモノローグにして、断片的な情景を脳裡に描いてみました。痛さ、苦さを、随所に散りばめながら。響く詩に出合った時、こっそり、私は映像作家になるんです。
長谷川さん、ありがとうございます。僕が映画好きというのもあって無意識に情景描写を彷彿する作品を書いています。自分の喪の作業ためにこれを書きました。届いて頂けると嬉しいです。