街の豆腐屋

夜の残滓(のこり)を洗うような 
うっすらと青い朝の光のなかで
誰よりも早く 
街の呼吸を始める場所がある

パタパタとはためく 
真っ白な暖簾(のれん)の向こう
影法師のような店主が 
大きな釜と対峙している

立ちのぼる湯気は 
目覚めたばかりの街の吐息
たっぷりと張られた 
冷たい井戸水の匂いと
濃厚に漂う 
大豆の甘やかな香り
「今日も変わらずにある」という 
静かな安らぎを運んでくる

頭上では 
桜の枝が重たげに揺れて
風が吹くたびに花吹雪
夜明けの路地を薄紅に染めていく

落ちた花びらを 
そっと掃く音さえ聞こえないほど
この時間は 
透明でひそやかだった

店の奥に置かれた木製の椅子と
使い込まれた専用の機械と水槽
それらは 
この店が刻んできた数多の朝のあかし

一丁の豆腐が 
水の中で白く潔く固まってゆくとき
世界は少しずつ 
確かな体温を取り戻していった

遠くの街角から聞こえるのは 
集荷の軽トラックのエンジン音
街が騒がしく動き出す前の 
わずかな空白があった

熱い豆乳の匂いとともに
今日という日を
優しく丁寧に
すくい上げていた

投稿者

静岡県

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

コメントするためには、 ログイン してください。