指先
先生の質問に
山田君が手を挙げて
クラス中が騒然となった
先生もクラスの皆も
山田君が
誰であるのか知らなかった
じゃあ山田くん答えて
動揺しながらも
かろうじて先生は
山田君を指したけれど
本当は誰も
山田君の苗字どころか
名前すら知らない
ただ挙げた手の指先が
水泳のように綺麗で
先生もそこが気に入ったのだろうか
すぐに二人は結婚して
子供ができた
同じ山田君になったね
先生は子供に笑いかけるけれど
皆が一番困惑したのは
先生が誰なのか知らないこと
知らない、と
山田君も言ったこと
コメント
不思議と、不思議なことが可能である、この世界の、なにやら君が、しかけている花火の、なにかと質問が意味的であるからと、教室の壁に、僕の絵が張り出されて、質問は、絵を指して、質問は絵を見ないままに、何が不思議なのと、君が言う。
そういうジャンルがあればまちがいなくホラー詩の傑作です。
私は誰かと問われると、私はちょっと考え込んでから、たぶん、世間に通用している肩書きを答えると思いますが、それも自分では、首を傾げながら。その役目をこなしているだけで、実際、自分は何者になり得たのか、私の場合は、まだ何にも成れていないのでしょう。だからこそ、自由な気もします。
物理学(量子)の授業がこういう内容だとどんなに楽しいでしょう。
物理学がいつの日か哲学(意識・思考)の扉を解放するかも知れないですね。
確かな山田くんに会えるかも知れません。
@坂本達雄
坂本達雄さん、コメントありがとうございます。このような世界観ですね。「教室の壁に、僕の絵が張り出されて」このイメージは強烈で、学校生活では当たり前のことなのかもしれませんが、この文脈で読むと、脳が揺れる感じがします。
@たかぼ
たかぼさん、コメントありがとうございます。
書いている私も、気持ち悪い、と思ってしまいました。特に先生が生徒と結婚するところはコンプライアンス的にアウトだよな、と思いながらも、全体として何だかよくわからない、ということでセーフ、セーフ、…だといいけれど。
@野鳥倶楽部
野鳥倶楽部さん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、私たちは、社会的な肩書、家族の中での肩書、夫婦の間での肩書、地域での肩書、そのような数々の肩書で装飾されていて、それは記号でもあり、その記号により私たちの行動原理が決まっていく、決められてしまう、そのような感じですね。
肩書は縛り付けるものであると同時に、すっきりとわかりやすく、自分は何であるかという思考を穏やかに止めてくれるものなのかもしれません。
@風太郎
風太郎さん、コメントありがとうございます。恐らくいつの時代も最先端の科学の最先端は哲学と影響しあっていて、そのような中においても、今後、量子力学やAIを突き詰めていくと、神とは何かというところまでいくのかな、と思います。というか、もうそこまで行ってるんだろうな…
この詩は怖かったです。
あれ、はじめからこのクラスも誰も知らなかったのかな、と感じた時は、ちょっと寂しかったので
水泳のように綺麗な指先に少しだけすくわれました。
@wc.
wc.さん、コメントありがとうございます。もしかしたら、誰もいない、何もない、そんな所で透明な授業が行われているだけなのかもしれません。水泳のような指先だけの。
山田くん・先生・先生の子どもが水泳のようなきれいな指先で
いつまでも教室に泳いでいる、授業の数だけつるんとしたマカロニのような指先があってもたのしいなと
もしいたら思ったかもしれません。
そんなことをわたしも指先で描いているのでした。
@kフウ
kフウさん、コメントありがとうございます。
子供のころ、マカロニってご馳走だったな。マカロニグラタンが一番のご馳走だったけれど、母は何故かオーブンが使えず、外食の時しか食べられなくて。
家で食べたのはマカロニサラダだったけれど、それでけで十分ご馳走でした。
ちなみにマカロニとマカロンは同じもので昔は両方とも「マッケローニ」と呼ばれていたそうです。
指が綺麗な人に憧れます…