それがあの年の、出来事だ
あの日もちょうどこんな6月下旬の
梅雨真っ只中の 蒸し暑い夜のことだった
遊びに来ていた母親が
ふと立ち上がろうとベッドのふちをつかみ損ねて
激しく転倒し 腰を強く強打
自力で動けないくらいだったので救急車を呼んだ
その日私は40℃近い高熱を出していた
高圧的な隊員たちに 暑いだのタオル用意してだの
どういう状況だったか
まるきりお前が突き飛ばしたんだろ
と云わんばかりの質問攻め
動くことはできなくても口はきけるはずのに
母親はなにもひとことも発しなかった
4月末にアパートのオーナーさんから
更新ついでに家賃1万も値上げすると云われ
いま上げられても困ると交渉するもダメで
さすがにそれはキツイよと
部屋探しをしてる真っ最中の出来事だった
何もなく、普通の日常だったらそんなに文句も云わないけどさ
そりゃあ、怪我や病気はいつどんなときに起こるかわからないにしても
ひとがこんな状況の中 なにも怪我することないじゃないかよ
頼れる親類縁者がいるならまだしも
連絡取れる人間ひとりもいやしないし
結局私ひとりでやらなきゃならない
保険証もなにも持ってきていなかったから
母親の家まで取りに行き
入院に必要なものを買いそろえて病院へ
暑さと病み上がりと疲れとで
ヘトヘトになって帰ってくれば
介護認定の申請してこいだの
転院させるから 転院先と面談してきてくれだの
あとからあとから催促され
一応こっちの状況も伝えはしたけど
やってもらわないと困ると
部屋探しの間をぬって行ったよ
市役所にも転院先の病院にも
大分費用がかかるみたいだったから
最初は転院するの渋ってたけど
私もずっと付き添ってられるわけじゃないし
動けない状態のまま退院してどうなる?
いざとなったらそのまま逝っちゃえばいいし
とか なにふざけたこと抜かしてんだって
孤独死した場合、家族が何にもしてないと
罪に問われる場合もあるっていうのに
どうにか説得して転院してもらうことに
転院先の病院には
前もって構ってもらえないとすぐに腹を立てるとこがあること
何かにつけちゃ文句が云いたくてしょうがないひとであること
おそらく入院中はみんなに気に入られたいから
リハビリを張り切ってやるであろうこと
牛乳飲むとお腹を下しやすいこと
お風呂やシャワーの際に 酔いやすいこと
などを話しておいた
私は母親からキャッシュカードを預かったので
好きに下ろして使ってると思われないように
いつにいくら下ろして、何にどれだけ支払ったのかを書き出し
その都度残金がちゃんと合っているかも確認した
病室に冷蔵庫がないってことだったから
この真夏の暑い中、冷たいものが飲めないのは辛いだろうと
ロフトでステンレスマグ(蓋つき)を買い
すぐに使えるように洗って病院へ持って行った
髪の毛も伸びきってボサボサで
家ならともかく 他のひともいるのにみっともないからと
ヘアバンドも持っていったけど 使わなかったみたい
私の被害妄想かもしれないが
おそらく母は みっともない姿をみんなに晒すことで
髪の毛切るお金もくれない 非情な娘をもった可哀そうな自分
というのを演出したかったのだろう
入院中 少しでも明るい気分になればと
いちご柄のかわいいかかとつきシューズも持っていったが
まわりから「かわいいですね」と云われるのが
私を褒めてるように聞こえて よほど悔しかったのか
数回履いたきり 使わなかったみたいだし
定期的に母親のアパートへ行って、仏様に水をあげ
郵便物を確認して、支払いのあるものないものを分別
支払いのあるものは支払って
市役所に手続きが必要なら手続きしに行って
洗濯ものが溜まっていたからそれもやって
ゴミ出しの日がわからないとのことだったので
カレンダーに曜日ごとに書いておいたり
担当の先生が結構面白くて感じのいい先生で
月一で面談があったのだけど
すごく丁寧に教えてくださって
そのあと面会が出来るんだけども
母は自分の話ばっかりで
私の部屋の件がどうなったかなど
まったく気にもしちゃいなかった
まあ 昔っからそうだったけどさ
私には何の興味もないんでしょ きっと
母親の退院が近づくにつれ 憂鬱でたまらなくなった
病院では上記のとおりみんなに気に入られたいから
せっせと動き回っていただろうけれども
きっと絶対家に帰ってきたら何にもしなくなる
そして延々と続く愚痴文句
大分動けるようになったとはいえ
まだ腰の痛みは続いているようで
放っておくわけにもいかないし
夜は中途覚醒で何度も目が覚めてしまうし
母親の退院日
眠れなかったので朝からサラダと味噌汁を作り
簡単に部屋の掃除をして
すぐに横になれるように布団の準備もして病院へ
会計を済ませたあと
作業療法士さんと理学療法士さんから
今後の生活の注意点などの説明を受け
荷物が多かったのでタクシー呼んでもらい帰宅
あの病院のスタッフはみんないいひとだった
親切にしてくれたやさしくしてくれた
「真の身内よりも」
娘を目の前にして 平然とそう言い放ちやがった
真の身内いるじゃん、と冗談ぽく云ってみたら
自分の兄妹よりも、って
なんかさ 怒り通り越して力が抜けたね
バカみたい
入院中に届いた書類や支払ったもの
残金はいくら残ってるかなどを話しても
全然聞いちゃいない
それどころか 爪切りたい爪切りはどこだと騒いでる
このひとはいつもそうだ
そりゃあたしかに 私が入院手術したとき病院来てくれたけど
6時間もの手術を受けたとき
あなたは私のことより 待ってた自分の気持ちを考えろと云った
術後 看護師に自分の話をしたくって
声かけたのに返事がなかったと腹を立て
同じ病室のひとのいびきで寝られなかったと軽い会話のつもりで云えば
自分は親父のいびきで年中寝られなったんだから
そのくらい我慢しろと
会話も出来ないのかよ
退院した日、ドレーンの液が漏れて止まらなかったときも
やっと帰ってきたのにまた病院行くとか冗談じゃないって
心配もしてくれなかったよね
ごはんの支度してくれたわけでもないし
おまけに些細なことで腹立てて
こっちは38℃近い熱があったっていうのに
プイッと自分の家へ帰って行っちゃったよね
だから私もさ ふっと過ったよ
面談や退院のときに
具合が悪いから行けませんって
よっぽど云ってやろうかってさ
そしたらきっとあんたはこういうだろう
「やっぱりあの親父の子供だな」ってさ
スタッフが退院の着替えの心配までしてくれたって
心配してくれたって そのスタッフが着替え持ってきてくれるの?
10月退院で寒いだろうからって ちゃんと長袖持ってったのは誰よ
意地でも云いたくないんだろうね
そうそう だって私は親父側の人間だから
ヒドイ人間でなければつじつまが合わなくなっちゃうもんね
退院して2日後、病院から電話が
冷蔵庫にごはんですよが少し残ったのがあるけどどうします?っていうから
私もその時本人に代わればよかったんだろうけど
別にいらないだろうから処分してください、といって電話を切った
あとでこういう電話があったよ、と伝えると突然キレだし
帰るときに戸棚の中も引き出しのなかも全部見てきたし
ごはんですよはたしかに棚の中にあったけど、ゴミ箱に入れてきたと
シーツも枕カバーもあとでスタッフがやってくれるだろうけど
ちゃんと外してきたし、何もないことをスタッフにも確認してもらった
自分はそんないい加減はしていない
感じの悪い看護師がひとりいたが、あいつのせいに違いない、と大騒ぎ
別にいらないものなんだからいいじゃん、と云っても聞く耳持たず
散々騒ぎまくってて、私も大声で喚き散らされると具合悪くなるので
云いたいことあるなら病院に直接云いなよと、病院へ電話
云いたいことだけ簡潔にしゃべればいいのに
グダグダグダグダと、向こうも何が云いたいのかさっぱりみたいだったので
私が代わって、共用の冷蔵庫なんかどこにあったのかも知らないし
帰るときに何も残っていないか何度も確認して
ごはんですよは棚に入っていたのをゴミ箱に入れてきた
自分はそんないい加減なことはしていないのに
そんなことを云われるなんて心外だと
感じの悪い看護師がいたから
多分その人がゴミ箱から拾って冷蔵庫に入れたんじゃないか、と
電話では怒りが収まらないから明日病院へ行く、と
なんとしても自分のことはよく思われていたいらしい
私も具合が悪くなってしまったから、そのまま寝てしまったんだけど
夜中に目が覚めたら、母親はまだ起きていて
私が起きたと気づくと、はじまっちゃった、いつもの愚痴が
なんで自分ばっかりこんな目に遭うのかと
もう別れて何十年も経つのに
あそこんちのばばあが操ってるだの、呪いをかけてるだのと
私の病気のことまで持ち出して
子供が病気になれば母親である自分が苦しむのが解ってるから
自分を苦しめるためにやってるんだ、とか
何云ってんだ?って 誰が聞いたってそう思うに違いないのだけど
母親は頑固にそれを信じて疑わなくて
私もこの愚痴、いつまで続くのかと思って
スマホにインストールしておいたボイスレコーダーをオンにして
黙って聞き流していた
1時間が経過したころ、一度ボイスレコーダーを停止して
一体いつまで続くのか? いま夜中で寝る時間なんだよ
と云えば止むかと思いきや、さらにヒートアップ
あんまり自分は被害者、みたいに云い続けてて頭に来たから
病院から何度も電話貰ったときに
「お母さん、リハビリ頑張ってますよ。でもねえ
話を聞かないところがあるんですよねえ」と嘆いていたと云ってやった
普通そんなふうに云われたら
まず自分の行いを省みると思うんだけども
自分は一切悪くないと思ってる母親は
当然のように相手を責める
午前1時頃から始まってしまった愚痴は
夜が明けるまで続いた
聞き流していたとはいえ
大声で喚いてる声は聞こえてるので
私はなんだか体じゅう震えてきて
胸は苦しくなるし とても寝られる状況でもなく
洗濯を回し始めていると
ひとしきり騒いでスッキリしたのか
当の本人はグースカ寝てやがる
どこへも持っていきどころのない怒りを
どうしていいかわからず
洗面所へ行って 思わず奇声を上げてしまったほどだ
今日病院へ行くんでしょって云えば
話を聞かないと云われたことに腹を立ててるのか
もう行かない、という
躰中の震えが止まらない
母親の顏も声も いまは見たくも聞きたくもない
ひとりになりたい ならなきゃ
自分の部屋なのに どこにも逃げ場がない
なんとか早く帰ってもらう方法を考えねば
友達と出掛ける約束してたり
公共料金の支払いなどあって
10月末にそろそろ帰ってもらおうと
荷物が多いから宅配で送っちゃいなよと
段ボールを用意するも 一向に自分でやる気配なし
結局全部ひとにやらせて
ヤマトに集荷手配すれば、13時までの間にとのことだったのに
待てど暮らせど一向に来ない
遅くなるの一報もない
直接ドライバーに連絡してみると
16時くらいになっちゃうかもですねー、と
ずっとイライラが止まらないこっちは
忙しいのは解るけど、こっちも出掛けなきゃならないんで
そんな遅くては困る、とちょっとキレ気味に云ってみた
14時半くらいに来てくれた
母親のアパートへ
ネットスーパーで水やらお茶、調味料などを注文して
ひとりになったときのために使い方を説明するも
例のごとく 聞いちゃいない 覚える気もなし
布団から立ち上がるときに支えがあったほうがいいと
丸椅子を寝床の近くに置いておいたんだけど
使いもしないし
使う使わないは本人の自由かもしれないけれども
そんなに私のやることなすことが気に入らないのかね
あ、そうか、親父側の人間だからね
余計なおせっかいが気に食わないんだね
そうかそうか
出来ることは大体やってきたし
わたしも通院日もあるから帰宅
お正月どうする?
テレビでおせち料理の特集やってたらしく
1回買ってみたいんだよ、とか
すき焼きでもやる?とか
毎年毎年おんなじことの繰り返し
解ってますからこっちは
そうやって目の前に楽しそうなことや美味しそうなものぶら下げて
間際になったらめんどくさくなって
やっぱやらないって 取り上げるのがオチなんだから
気もないくせにそんなこと云うの止めてくれないか
こっちは無駄に疲れるから
勘弁してほしい
この先どうなっていくのだろう
介護認定の申請したのに
要介護2で、それなりにサービスも受けられるのに
ケアマネつけることも拒んじゃって
だからヘルパー頼むこともできない
自分でやるって云ったみたいだけど
全然自分で出来てないじゃん
母親の兄夫婦に手紙を書いた
助けてほしくて書いたんじゃない
抗議の手紙
出してから1週間経つけど
何の音沙汰もない
この期に及んでも無視か
そういう人間たちなのだと思って
諦めるより他しょうがないか
だけどひとことでいいから謝ってほしいと思って
母親に対して お前は悪くないと云ってあげてほしくて
ただそれだけだったんだけど
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い
母親と犬猿の中だからその子供も
解ってるよ わかってる
親の介護で もっと大変な思いをしてるひとが
世の中にはたくさんいるってこと
こんなことくらいで根を上げてるくらいじゃまだまだだなって
されてきたことが
云われてきたことが散々あるから
どうしても優しくなりきれない
何をやってもやらなくても
ほらやっぱり、親父とばばあにそっくりだって云う
作ったのは一体どこの誰だよって
それ云ったところで 堂々巡りのくり返し
こんな親でも 親だから
面倒看ないといけないのか
身内とも思われちゃいないのに
子供だとも思われちゃいないのに
誰のおかげで生きてこれたと思ってるんだ
親はもうひとりいるのに
あっちが一体 なにしてくれた?
いままでかかった費用
耳をそろえて全額返せ いますぐ返せ
ってさ
どっかにテンプレでもあるのかね
ってくらいの口っぷりよ
胃のあたりがキリキリして
さっきトイレで 真っ赤な血を吐いたけど
云わないでおこう
また斬りつけるコトバを
浴びせられるだけに決まっているからね
親なのか他人なのか よくわからないけど
母が重い
重すぎる
この舟はきっと間違いなく
もうすぐ 沈没する
なにかひとつくらい
生きてるうちに
いいことあったら
よかったのにな
なんてね
親の介護は義務ですか
放棄すれば罪ですか
こたえてくれる ひともなく
それがあの年の、出来事だ
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