百段階段
鬼は外
鬼は内
外は何処かの国の炎天下
内は何時かの妖しい夏の夜
古びた階段を上る
ひんやりとした感触が
足裏から背筋に抜けていく
一段 二段 三段
二十一段目の踊り場に
ゆうらりと狐火が浮かんでいる
誘われるように部屋に入ると
仄かに青い光の中に
真っ白な鳥居が幾つも連なり
床一面のあらゆる色の花々
鳥居の奥は眩しすぎて見えない
軽い眩暈 その後に
思わず先走ってしまった好奇心が
結界を越えようとした瞬間
誰かに腕を捕まれ引き戻された
慌てて振り返った視界の端を
ふくよかな白い尻尾が掠めていった
三十一段 三十二段 三十三段
四十七段目の踊り場で
女郎蜘蛛がしたたかな笑みを浮かべている
手招きされるまま部屋に入ると
暗闇の中にぼんやり人らしき影
確かめようと目を凝らす
しばらく見つめているうちに
ほんのりと影に色が滲んで
その色が徐々に濃くなっていく
不思議なことに影の色が濃くなった分
私の身体から色が抜けていくようなのだ
気がついた時には
顔のない艶やかな藤娘の前に
色褪せた影に成り果てた私が
呆然と立ち尽くしていた
六十一段 六十二段 六十三段
七十四段目の踊り場に
天狗がいきなり舞い降りた
大団扇で部屋まで吹き飛ばされると
そこには言葉の形をした無数の灯りが
部屋のあらゆるものを照らしていた
呆気にとられてぼんやり眺めているだけなら
それは創作料理店のメニューや
金融商品の注意事項に見えないこともないが
その言葉の灯りは 紛れもなく
私が書き散らした駄作の数々だった
いたたまれずに逃げ出そうとしたが
夢や希望や虹や空や世界や宇宙云々の
青臭い言葉の灯りにちりりと焼かれて
軽度の火傷を被った
九十七段 九十八段 九十九段
百段目で浴衣姿の貴女が待っていた
「もう百鬼夜行は始まっちゃったよ」
貴女のエクボが不満気に言う
手を繋いで部屋に入ると
高い天井から垂れ下がった
数え切れないほどの極彩色の灯篭が
夜の果てまで続いていた
灯篭の下では淡い人影が幸せそうに蠢いている
エアコンの夜風が高揚し過ぎた心を
心地よく冷まし始めた頃
ふと 気がついた
鬼が何処にもいない
部屋の中を一通り見渡しているうちに
くくっと
笑いが込み上げてきた
そうだった
鬼は私達だったんだね
上機嫌で振り返ると 貴女は
貴女は繋いだ右手だけを残して
すっかり解けていた
引き摺られた浴衣が痛々しくて
綺麗
怖くはなかった
怖くはなかったけれど
貴女って
貴女っていったい
誰だったんだろう
鬼は外
鬼は内
外は何処かの国の炎天下
内は何時かの妖しい夏の夜
コメント
妖しい雰囲気の描写に魅力を感じます。
そして、
そうだった
鬼は私達だったんだね
という気付きに、おおやっぱりそうか、となんだか嬉しさがこみ上げました。
私事ですが、
私自身、しばらく前に自分のことを小鬼だという認識を持っていたのですが、ここの会員でもあるHさんのおかげで人間に立ち戻ることが出来たのです。これは、悪も善もその他も含んでいるのが人間であるということ。ん。言ってみれば、鬼の性質を持っているのが人間である、ということですね。だから、nonyaさんの詩のように、私達は鬼なんだ、とね。ふふ、そう思うと嬉しくなります。
ちなみに、鬼、というのは悪さをするばかりのが鬼ではないと思います。地獄の鬼は、悪いことをした罪人(つみびと)に罰を与える役目があるのですし。鬼にもいろいろとありますよね。うん。ふふ。
nonyaさんが百段階段という怪談を書かれたお陰でこの「何処かの国の炎天下」みたいな暑さが少しだけ涼しくなれば良いなぁ。
さて、詩ですが、表現も独創的でビジュアリーかつ手触り感のある世界で楽しめました!熱帯夜にうなされて浮かび上がった世界だったのかなぁ。それならそれで熱帯夜も悪くないな。
一気に読んだっ❕
読み応えが!すごいです!
かっこいいなぁ。
@こしごえ さん
>コメントありがとうございます
鬼はもともと人の内にある不安や恐れが具象化したもので
人の業のようなものに近いと思っています。
誰の心の中にも鬼は居て、それが禍々しい角を生やしていたり
おかっぱ頭の座敷童子だったりするのではないでしょうか?
そう思うと鬼は身近にいる可愛い奴らです(笑)
うまく手懐けて、愉快に生きていきたいものです。
@あぶくも さん
この詩は目黒雅叙園で開催中の
和のあかり×百段階段2023 ~極彩色の百鬼夜行~
の感想文のようなものです。
この時期。百段階段に行かれた方なら
どの部屋について書かれたものなのか気がつくと思います。
まあ、妖怪は長年私の頭の中に棲んでいる連中ですが(笑)
熱帯夜にうなされたら、もうちょっと艶っぽいものを
書いてしまうかもしれません。
@佐藤宏 さん
>コメントありがとうございます
最後まで読んでいただいて光栄です。
@たちばなまこと さん
>コメントありがとうございます
ちょっと長かったですよね。
この手のものは、つい調子にのってしまいます。