闇と光

闇と光

「君、名前を貰ったの?」
「うん」
「ご苦労様なことで。意外と人間臭いこともできるんだね」
「カーマインだって、立派な人間じゃないの」
「人間に翼は生えないと思うけど」

カーマインはげらげら笑いながら、
サーカスのブランコ乗りみたいに空に浮かんでいた。
柵に凭れて煙草を吸っているリオと、目線の高さは同じだ。
カーマインは何らかの力で、
上空に向けて立つように自分の体を引っ張り上げている。
言いながら、腕を組んで難しい顔をする。
紅い髪の毛が、ふさふさと下方に垂れて屋上の風に吹かれていた。

綺麗なおでこだ。

“リオ”は眩しそうに目を細めた。

リオがその時、笑ったのかどうかを悩んで、カーマインは眉をひそめた。

「ペペロンチーノって知ってる?」
「勿論。美味いよ」
「アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ」
「呪文みたいだよな」
「リオ?付けた奴、馬鹿じゃないの?」

カーマインはまた腹から声を出して笑った。
誰に対しても変わらない、赤ん坊の様な腹式呼吸だった。
自分の名付け親のセンスを笑われていることを、
無論リオは理解していた。
その響きを聞く度に、
すっかり大人になった横顔を向けて、表情を和らげる。
カーマインは、リオの横顔を見詰めた。

「君、死ぬまでリオって呼ばれるつもりなの」
「ああ」
「馬鹿にされる。
酷い目に遭う。
傷付いて、
裏切られる。
嫌になっても、呼ばれたくなくなっても、
死んだ後になっても、
ずっと、リオ、って呼ばれるんだよ。
その人の所為で」
「ああ」
「そんな変な名前付けられて、何が嬉しいの?」

カーマインは、胡坐を掻いてぶらぶらと左右に体を揺らした。
やっぱり、重力に逆らっている。
リオは、カーマインが地面に居ないことを当たり前だと思っているようだった。
目線だけを合わせたまま、煙を吐き出して言う。

「その子が好きだから」

陽の光の下ではカーマインの本当の色は見えない。茶色く濁って汚く沈む。
暗闇の中で、カーマインの色形が揺らめく炎そのものであることを知ったのは、
リオが石像みたいに彫りが深くて強張った男の顔になる、ずっと昔だ。
あの映画館で、一瞬だけ、カーマインは”リオ”が何者でもなくなるのを見た。
リオはそれを知らない。
カーマインは溜息を吐いて、くるりと宙返りしながら屋上に足を下ろした。

「俺、俺の名前が嫌い。
当たり前じゃない?終末って意味だもの。
ずっとカーマインって言われるの、嫌だ」

リオが黙って深く頷いた。
カーマインは、リオの胸を借りて泣きたくなって、
リオがその時頷いた理由を、その頼もしさの訳を、
自分が一生理解できないかもしれないことを、
同じ男として心底悔やしいと思った。

「名前の意味は、自分が決めるんだ。
自由に生きろ。大丈夫、愛すべき皆の神様になれる。
お前は、俺とは違う道を選べよ」

投稿者

神奈川県

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