この世のすべてが10月であったら
私たちはある物事が進行している最中にはそのものを正しく認識することができない。たとえば成長している最中には成長を認識できないし、眠っている最中には眠っていることを認識できない。そのことに対して正しい判断を下せるのは、終わってからであり、そのことが進行中には私たちはただ懸命に打ち込むことができるだけなのである。
*
-あなたときどきすごくいい顔して笑うね
-安心するのかもしれないな
-そういうとき、いいなあって思うと切なくなってしまう。身近過ぎて怖い
-それはいいことだろうか? 僕にとって
-わからない
-良い点もあるし悪い点もある、そのわけを僕は知っている
-どうして?
-切なくなる原因があるという点で良くないが、切なくなってくれるのは僕のことを思っていてくれるからで、それは良いことだ。僕のことは真剣なんだ
-真剣だよ。あなたはとても優しい。私にとても優しくしてくれる。私わからないけど今までにこんなに思ってくれた人いなかった。私にはもったいないと思う。私にそんな価値ないもの。本当にいい人だと思っているんだよ。そのこと信じてくれる?
-うん、君も優しくしてくれる?
-私は優しくないよ。私は憎まれ口叩いたりするけど、本当にあなたのこといい人だと思っているの
-じゃあ僕が君のこと思っていることも信じてくれるの?
-私はずっと信じているよ。あなたが以前言ったでしょ。怒ったりひどいことを言ったりしてもそれまでに思っていた思いは本当だって。そのとき忘れているかもしれないけど、それまでの思いは本物なんだって。だからこれから何かあるかもしれないけど、そういうときが来ても、いま私は本当にそういう気持だったんだっていうことを覚えておいてほしい
-何があっても忘れないよ。いっときは忘れるかもしれないけどきっと思い出すから
-切ないの
-僕のこと好き?
-好きだから切ないんだと思う
-じゃあ真剣なんだ
-真剣な恋は怖いよ。良くも悪くも真剣な恋をすると成長するよ
-じゃあ君がどこに行っても心配しないでおこう
-心配しないで
-この10月がずっと続けばいいのに。だけどそれだけではだめだ。僕は貪欲だから
-私だってそうよ
-君の愛は十分だけどまだ足りない。もっと愛してほしい
-十分だけど十二分じゃないのね
-十二分だけどまだ足りない
-十五分じゃないのね
-うん
-ねえ一つ聞いていい? どうしたら吹っ切れる?
-それは僕が知りたい
-何が吹っ切れたらいいと思うの?
-同じことの裏表だね
-頭いいのね
-君が同意したのには驚いた
-私いま人生で自分の進む方向について真剣に考えている
-僕と反対方向に行かないでね
-それはわからないけど
-でも僕はきっと僕にとって良い結果になると思う
-そう思っていてね。いつかあなたが言ったでしょ。本当にそうなって欲しいと思えばそうなるんだって。そういう念力があるのよ。だけど他の念力もあるからあなたもしっかり思っていて欲しい
-どういうこと?
-そうなって欲しいと思ったことが実現するためには、他のそうなって欲しいと思ったことは妨げられるわけでしょ? だからより強い思いのほうが実現するのよ
-だけど僕の考えは少し違うな。思いは妨げられない。さまざまな思いはそれぞれ少しずつ方向を訂正されるがすべては実現する。妨げられるのではなく修正されるんだ
-うんそうだね。きっとあなたのほうが正しいわ。あなたがそう言ってくれたのは嬉しい。そうでなければ困ってしまう。だけど私が言いたかったのはこのことだからね。忘れないでね
-忘れないよ
*
私は今でも忘れていない。考えてみれば嬉しいことに、私にとって彼女は未だに謎であるとともに、彼女のすべては解答されていない。美は神秘であり、恋は神秘であり、真理は神秘の奥に潜む。
コメント
たかぼさんの作品にたしか「カオスな二人」というのがあって、僕はそれを読んで詩に会話を取りこむのって面白いなって思ってやりはじめたことを(つまり真似ともいう)唐突に思いだした。認識していなかったのかもしれない。
で、この作品でまたあらためて思うことは二人の人間がいるから恋が生まれるのだけどそれは二人がそれぞれ正しい(その正しさが同じものではない)からこその現象なんだ。
これは長谷川さんの詩のコメにも書いた(そしてそれからまたハマって聴きまくっている)、One too many morningsの一節で
You’re right from your side
I’m right from mine
君は君の側から正しく僕は僕で正しい
というのがあって、それはそれで動かし難き真実なのだけど、しかしその時では理解しきれずとも許容するもしくはまるっと包み込めるならばきっと、One too many な朝を迎えることはないのだろうね。
ただそれは進行中のことなので、うまくいくばかりではないのだ。なにごとも。
つまり僕はこの間とは真逆なことを書いてしまったな。
噛み合っているのかいないのか、そもそも人と人との会話なのか…読者は立ち止まってもういっかい聞いたり(脳内で声に変換しています)しています。
それらは神秘で、真理は神秘の奥に潜んでいるということですかねぇ。
頭を揺さぶられる作品でした。
タイトルもまたかっこいいです。
突飛ですけれども、読後、小室圭さんと、眞子さんのことがふっと脳裡に浮かびました。…ただ、何となく。すみません。
王殺しさんが書かれていた、ボブ・ディランの、One too many mornings の中に、こんな一節がありました。
Yes I’m one too many mornings
And a thousand miles behind
そうだ、ぼくは多すぎる朝
そして1000マイルを後にしてきた
長谷川、愚訳。
王殺しさん。「カオスな二人」覚えていて下さってありがとうございます。王さんの「素晴らしきうたい人」に採用して頂いた作品の一つでしたね。One too manyか。なるほど。若いときはtoo fewよりも良いんじゃないかなと思ったり。
たちばなまことさん。いい感じの視点、ありがとうございます。いつもながらタイトルへの感想もありがとうございます。
長谷川忍さん。小室圭さんと眞子さんも、独自のユニークな会話をされてきたのでしょうね。いや、もしかしたら、案外、普通の会話だったりして。Yes I’m one too many mornings And a thousand miles behind ですか。ボブディランは詳しくないのですが、こんな訳はどうでしょうか。「そうさ昨晩 俺は飲み過ぎた それで沢山のものを失ったのさ」
なるほど飲んだくれの悲嘆だったか。目から鱗の名訳。
たかぼさん、名訳であります。(^^)
王殺しさん、長谷川忍さん、お褒め頂きありがとうございます(^^)
最初と最後の言葉に、会話がはさみ込まれている構造とタイトルの響き合う感じが良いですね。
最後まで読んで、やはりまだ終わっていないから判断しないで継続している感じがとても良くて、人間関係ってやっぱり壮大な未練なんじゃないかと思えました。
あぶくもさん。そのように読み込んでくださり感謝申し上げます。「壮大な未練」って含蓄のある言葉ですね。
それまでの思いは本物なんだ、というような思いは私にもあります。
この詩のふたりが とてもすてきです。
こしごえさん。あたたかい感想を頂き嬉しいです。ありがとうございます。